さすらいPAINTER~ジローの日記


今日は、ちょっと汗ばむくらいの、よい天気だった。


ちょっと用事があって市役所に出かけたんだけど、


どんなときも、たいてい出かけるときは、


ポケットに愛用のデジカメを忍ばせておく。


いつなんどき、絵の素材になるような、素晴らしい景色に出会うか


わからないからね。


前のブログに、


アパート周辺に住んでいる野良猫っていうか、地域猫の話をしたと思うんだけど、


ああ、これから寒い冬が来て、連中は生きていけるのだろうか、


などと、なんとなく寝床で考えていたら、


つい先日、


アパートの階段の下に、


木でこしらえた立派な猫小屋が置かれていて、


中には、目をまん丸とした奴が、毛布の中で縮こまって、


ぼくを見ていた。


ちょっと、感動した。


ぼく以上に猫好きな誰かが、このおんぼろアパートの隣人のなかにいるらしい。


粋だ。お人よし過ぎる。


わずらわしい隣人、ちょっとだけ見直してあげたw


実は、このままじゃ、かわいそうだから段ボールか何かで、冬を凌ぐおうちを作ってあげにゃならんかな~


と考えていたところだったけれど、


わざわざホームセンターで材料を買ってまで、作りこもうなんて思わなかったから、


想像以上の出来栄えのおうちを見て、尚更感動したのだった。


そして、今日の午後、階段をコツコツ下りると、


ちょうど奴が見廻りから帰ってきたところ、ばっちり鉢合わせした。


せっかくおうちに帰ってきたのを邪魔したみたいで、


「にゃ」


と短く鳴いて踵を返しかけたので、


さっそくデジカメを取り出して、写真を撮ってあげたのでした。


終わり。

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昨夜はМanUの試合を観て、気分が悪くなった。


香川は苦しい時だろうけど、生き抜く力を身につけてほしいね。


前回からの続きを書こう。


さて、あそこの美術館は、美術館といっても、一般の美術館とは違う。


働いているスタッフも、美大を出ている人間は知っているところ一人もいないし、


映像や舞台照明、アニメ、デザイン系の専門学校出身者ちらほら、


ほとんどは、宮崎アニメに心酔している普通のテーマパークの従業員といった感じだ。


実際、学芸員の資格を持っている人間は一人か二人くらいしかいない。


まぁ、種を明かせば、開館するときに、美術館という体裁を取らなければ、


公的なもろもろの支援を受けることができなかったから、っていうのが実情らしい。


そんな感じだから(…と言い切るのは無理はあるけれどw)


純粋に絵画とか、まして、皮ジャンやデニムとかのペイントなんかに興味を持つ人間もいなかった。


それでも、Y事務局長だけは、ファッション系に興味があったらしく、


実際アメカジっぽい普段着だったし、少々場違いなスカジャンなんかも職場に着て来たから、


(もっとも全然似合ってなかった、というより、当時はやりのちょいワル親父を気取って、無理して着ているようだった)


毎朝顔を合わせて、こそこそ無駄話をしながら、ぼくの、以前の仕事を知った時に、


釣り針に引っかかるがごとく、身を乗り出してのってきたのだった。


ちょっと、やってきたことを認められたようでうれしかったけれど、どっか、この人軽いな、と疑いを持った。


と、いっても自分は、この奇妙な人の、人生観とか商売経験とか、そういったことを聞いて、できれば指南してもらいたいと思っていたので、


作品を通して、つながりができたのは、なんだか心強かった。


さっそく、以前の仕事で、お客さん用に作ったサンプル作品集を、Yさんに観てもらうために預けた。


それは、デニム地や皮革をA4に切って、それに実際ペイントして、ペイント後の質感や手触りをお客さんに触って感じてもらうためのものだった。


でも、当面というか、その後も使う当てがなかったので、


その中から、気に入ったという〝ジミヘン像〟のペイントを綴りからはずして、Yさんにプレゼントした。


Yさんは、まんまと喜んでくれたのだった。


そんなこんなで、二年ほどたったときに、Yさんが、一着のジージャンを持ってきて、


「こいつにペイントしてくれないか」


と、唐突に依頼してきた。


それは、自身が大学を出て○―ソンに就職して間もなく買ったという愛着ある一着らしかった。


「どうだ、三十年も着ているんだぞ」


と、得意気にいうYさんの顔を見て、ぼくはうれしくなった。


ひさしぶりに、緊張感のあるペイントができることが、うれしかった。


あの美術館に行ったことのある人ならわかるだろうけど、


屋上が展望台のようになっていて、守護神たるロボット兵が鎮座、じゃなく鎮立している。


外巡りの掃除をしている時、あそこたどり着いて、ようやく唯一息抜きできる、そんな場所だった。


開館前なので、誰も人はいないし、監視される心配もないw


あそこに至るのが、時間的にだいたい開館直前の9時45分頃で、


そこで一息ついていると、館長かY事務局長のどちらかが、柄のついた鐘を持ってきて、


開館を知らせる鐘を振るのだ。


よく、Yさんと、そこから、地上の来館者の群れを眺めんがら、他愛のない話をした。


今日はよく晴れたな、今日も忙しくなりそうだな、とか。


そして、例の取引が行われたのも、そこだった。


Y事務局長は、恐る恐るといった風で


「できれば安く描いてくれないかなー」


といってきた。


たぶん以前にフライトジャケットのペイントの価格が、三万円を下回らないと話したからだろう。


もちろん、デニムのペイントにはそんな額はとらない。


ぼくは、内心いい給料もらっているだろうが!っと思いつつも、貸しができたなとほくそ笑んで、


「いまさら金なんて取りませんよ。だけど、条件があります。報酬として飲みにつれていってください」


と、いうと、


Yさんは、「おお、そんなんでいいのかー」っと、ほっとしたように喜んだ。


Yさんの依頼は、おおざっぱにいって以下のようだった。


ビートルズに関するものを描いてほしい。


ビートルズのロゴを必ず入れてほしい。


後は、任せる・・・・・


ちょっと待ってくれって思ったし、いまさらビートルズなんてベタ過ぎてセンスがないと感じたけれど、


実は自分もビートルズがかなり好きだったので、もしかしたら、Yさんもリアルタイムビートルズフリークなのかな?っと思って聞いてみると、


「いや、別にそんなんでもない。俺が好きなのは沢田研二だ」


とか、わけのわからない答えが返ってきた。


もう、その頃には、彼のことを威厳のある人物だとみなしてなかったし、この人正真正銘、軽い人だなと、思った。


それから、ペイントが完成するまで、Y事務局長とは、疎遠になっていった。


彼は、美術館の顔の役割を担っていたのでしょっちゅう出かけていたし、もう入りたての頃のように、下っ端がするような雑用をすることもなかった。


お互い気づけば、二言三言挨拶がてらに進捗状況を交わす程度で、


さらに、例の震災のごたごたがあり、ますます顔を合わせる機会も少なくなっていった。


そうして、ようやく、震災後の状況が落ち着き始めてきた頃、自分も、そろそろこの職場を辞めようと思っていた頃で、


辞める前に、さっさと完成した作品を渡さなければと、仕事中、出かける間際のYさんを捕まえて、手渡した。


それが、写真のジージャン。


表のポケットに、ビートルズのロゴ、バックペイントは、


サージェント・ペッパーズ・ロンリ―ハートの、実際、当時没になったほうのロゴ。


Yさんはとても喜んでくれて、「もうすこし、落ち着いたら飲みに行こうな」っと多少申し訳なさそうな顔をした。


その後、仕事中にすれ違った時に、


ジョン・レノンが亡くなってから三十周年で上演されたドキュメンタリー映画の試写会に招待されて、


これ着て行ったんだよ、まわりから注目されたよ、宣伝しといたよ、とか、


いや、ジブリの社員旅行にこれを着て行って、みんなに見せてやったよ、とか話しかけてくるものだから、


なんだか、痛々しくなってきて、報酬なんか、どうでもよくなっていた。


まもなく、ぼくは、Yさんに知らせることもなく美術館での仕事を辞めた。


そして、ちょうど二年前の今頃、


美術館のスタッフの友人から、メールが来て、Y事務局長が、亡くなったことを知った。


どうやら、ぼくが辞めた直後の健康診断で悪性のガンが見つかり、すでに全身に転移していたらしい。


それでも、スタッフの前で、俺はガンと闘うと宣言して、治療を受けながらやせ細った身体で、死の直前まで美術館勤務をつづけていたらしい。


実際、ぼくと、Yさんとの関係は、距離が遠かったから、葬儀に行くようなことはしなかったけれども、


友人によると、お棺のそばの数々の遺品の中にぼくの〝ジミヘン像〟が飾られていたそうだ。


しかし、あのジージャンがどこに行ってしまったのか、息子さんに受け継がれたのか、


それとも、Yさんとともに焼かれてしまったのか、わからない。


なんだか、悲しいというよりも、今思えば、夢の出来事のような話で、その人と本当に出会ったのかも定かに奇妙な気持ちなのだけど、


どうあれ、結局、お人好しのぼくは、


またしても、自分の作品のまともな対価をうけとることができなかったわけで、


ちょっとひんやりとした風が吹く、この季節になると、


「Yさん、まだ報酬は受け取ってませんよ」


と思うのです。



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ここのところ、サンマを食べ過ぎて、気持ち悪くなってきた今日この頃。


まだ晩飯食ってないんだけど、今はラーメンが食べたい。


さて、続きを書くといった以上書かねばなるまい。ブログの内容なんて、結構、


その時の気分に左右されるものだ。


ちょっと重い内容だと、なおさら。。。。。


さて、続き。


そういうわけで、その職場で働きだしたのだけど、とりあえず、


初めのころは、はっきりいって個人的な印象はよくなかった。


竹ぼうきで庭先を掃いてて、いつもこちらから朝の挨拶をするんだけど、


みんな疲れているのか、低血圧なのかw快く返さない連中が多数・・・、


そのくせ、〝企業ブランド〟を維持して、壊さないことが、第一義にされている感じ・・・・


自分は、どっちかというと、他のことは結構許せるんだけど、


表向きだけじゃなく、仲間内の挨拶だけは、しっかりしようぜ、って心意気主義だからね。


まぁ、あそこにはまだ友人も多数いるし、


ほとんど匿名のブログとはいえ、あまりディスれないね。怖い怖い笑


でもね、所詮、表側はきらきらでも、内側は普通の会社と変わらないからね。


それはどこも、あの〝夢の国〟だって、同じだと思うんだけど。


もとい、そんなわけで、ふ~ん、案の定こんな雰囲気なんだとか、思い始めた時、


一人だけ、明らかに感じの違うひとが、門をくぐってくる。


白髪の交じった鼻ひげをはやした、小柄な五十過ぎくらいの男性、映画監督の井筒さんを


もっと柔和にしたような容貌。


たぶん、見るからに偉い人だろうとは思ったんだけど、礼儀正しく快い声で、一介の掃除人に、


挨拶してくる。


とりあえず、アニメーター崩れの偉い人かな?くらいに思っていたのだけど、


やたらと腰が低いので不思議に思っていた。


ちょっと後になって、彼が○ーソンから転職(ヘッドハンティング?)してきた、Y新事務局長だと、わかったのだが。


宮崎映画の○ーソンでのチケット販売システムの構築、とくに〝千と千尋〟では多大なる貢献をした人らしく、


前職でも、それなりの地位にいたらしいのだけど、安定した地位を捨てて、


一念発起、夢である、自分で映画を撮りたいとかなんとかという理由で退職してほどなく、


スタジオジブリの社長だった鈴木プロデューサーから、ハンティングされたらしい。


まぁ、そんな面白い経歴を持ったひとだったんだけど、


五十代のYさんには、彼なりのやりかたで、新しい職場に臨む覚悟があったのだろう。


まず、門をくぐってさっそく、制服に着替えて、美術館周辺を掃除する。


あの美術館に行ってみれば、わかると思うけど、


宮崎さんの頭の中でできた建物だから、とにかく迷路のようで、


朝の外掃除なんかは、開場までの短時間を、くまなくアスレチックコースをタイムトライアルで巡っていくような、


結構過酷なものだった。


しかも、雨が降ろうが雪が降ろうが、落ち葉が降ろうが、台風来ようが、灼熱の太陽に晒されようが・・・・・


とにかくやることに意味があるといった、むしろ伝統芸じゃないかと自嘲してしまうような仕事で、


とくに、台風とか落ち葉の季節なんかは、ギリシャ神話の、〝シーシュポスの岩〟

がいつも思い出されていたほどだ。(わからない人はググってください)


そういった中で、身分はピン切りくらい違うんだけど、毎朝、Yさんと顔を合わせていくうちに、


異端な男同士w、照れながらw仲良くなっていった。


ちなみに、自分は出入りの清掃業者に雇われていたので、


美術館スタッフと同じ制服を着ていても、取引先である、美術館の連中とは、


あまりなれなれしく接するべきではないと、それとなく釘を刺されていた(面倒くさい)


でも、個人的には、そういう縛りを解き放つつもりで、いろんな人間と、いろんな話をして、


いろいろ知ってやろう、ぐらいに考えていたから、


もし、グダグダ言われて首になってもいいやって、くらいに考えていた。


職場を選んだ動機も、不純だったしね。


と、いうわけで、長くなりそうなので、続きは次回。


ってか、少数でも自分のブログを観てくれている人がいることが不思議なのだけど、


まぁ、業者さんや、商売っ気のある人とか、中にはいるんだろうけどw無駄だから笑


自分は徒然、日記のようなつもりで書いているので、沢山じゃなくても、一人か二人でも、興味を持って読んだり絵を観てくれる人がいるなら、それでいいって感じです。


そんな奇特なひとは、読者申請してもらえたら嬉しいです。あっ、ちなみに自分は自作の絵を公開しているけれど、ここでの商売っ気は微塵もありませんから笑 愚痴って売れないとか書いているけどね笑