磁雷矢の自由への闘争! ルチャ・リブレ

磁雷矢の自由への闘争! ルチャ・リブレ

ルチャ・リブレにかける漢の半生ストーリーと日々のブログ

金曜日に取材チームは、バーニョス・プロビデンシアへやってきた。

いつものようにコンディショントレーニングから始まりリングインしてインテルコレヒアル(シュート)&オリンピカ、プロフェシオナルと続く。

師匠はもちろん、キッズたちもインタビューを受けていた模様。

このキッズたちはまだ10歳未満の子たちだが、ブリッジしてその上に他のキッズを乗せるというハードなことをやっているのだ。


約2時間の練習が終わり、デビュー戦当日は自宅からマスク屋経由で、会場に向かうことになったのであった。


そう!デビュー戦に向けて発注していたコンバットスーツ(コスチューム)が事前に間に合わなかったため、当日受け渡しになっているのだ。

これもメヒコあるある…で日常茶飯事的なのだが…

果たしてコンバットスーツは出来上がっているのか否か。




決戦まであと2日…





東洋の神秘ザ・グレート・カブキ
再び西都に降臨‼️

12.8さいとぴあに、あの東洋の神秘が緊急参戦‼️

スペル・ボンベロの卒業試合にその姿を現す。

そこにどう絡んでくるのか、必見です!





行かなきゃ後悔するかもよ〜
ということで、12.8は西都に行くでヤンス‼️


水曜の夜は、ヴァンヴェール・ネグロ、東京にいる閻羅、そしてなぜか東京にいたファルコと共に、4人でニコプロさんへお邪魔してきました。
なかなか騒がしい収録になったのではと…


現在ニコプロさんのタイムシフトで配信中です。
レアル・ルチャを観たことがないという方、7月の10周年を見逃した方、是非是非タイムシフトで観て感想や叱咤激励を戴けると、我々の励みになりますので、よろしくお願いします!

ニコプロの代表さん、並びにMCの鈴木健さん、配信して頂いたYさん、ご視聴頂いたみなさん、ありがとうございました!

今後ともレアル・ルチャ・リブレをよろしくお願いします!

ニコプロ配信はこちらから
↓↓↓


11.9と11.10の土日は佐賀のいじめ撲滅を提唱する将火怒プロレスさんへレアル軍がお邪魔してきました。

ご観戦に来られたみなさん、スタッフのみなさん並びに、参戦されたレスラーのみなさん…  
将火怒さん、社長… 
そして、レアルのみんな


ありがとうございました!

また来年も佐賀のどこかでお会いしましょう!



明日の19:30よりニコプロのスタジオに、ヴァンヴェール・ネグロと共に出陣してきます!

今回は今年4月のコラソンシータのデビュー戦、6月のスクールイベントでの聖氣と磁雷矢のジャベ・リブレ戦、7月の10周年イベント2〜3試合を予定しております。
全4〜5試合です。

みんな観るでヤンス!

画像は10.27スクールイベントの一コマ

シンは気分転換にハム・リーのジムへと出向いた。
今はごく稀にこのジムを訪れる。

しばらくウエイトトレをやっていると、2人組の日本人が現れた。

ルチャの特集をやるので、その雑誌の取材でやってきたようだ。
カメラマンO氏とフリーライターS氏であった。

あいさつを交わし、今度デビューすることを伝えると、是非取材させてほしい!ということになり、デビュー戦まで密着取材となったのである。

雑誌名はレッスルボーイ

次の金曜日にライ・メンドーサ先生のクラスを取材することになった。

人生どこでどうなるか、わからないものである。
シンが、この日ハム・リージムへ行かなければ、この運命的と言える出会いはなかっただろう。






プロビデンシアのジムの屋上からは、下の練習の様子を伺い知ることができる。

シンはよくここから下の練習風景を眺めていた。
いろんなクラスのルチャ練習がある。
下のリングは2つあるので、それぞれ違うクラスの練習を同時に観ることができたりする。



シンはいつものように、誰もいない屋上で、下の練習風景をボーッと眺めていると、レランパコがやってきた。

プロテスト前に2人で練習していて、シンがケガをしてしまったあの時のルチャドールだ。

「よおっ、元気か?」レランパコ。

「もちろんさ!」シンは笑顔で応えた。

「デビュー戦決まったんだってな。おめでとう!」レランパコはすでにデビュー戦のことを知っていた。

それはボクス・イ・ルチャという、ボクシング&ルチャという専門雑誌にメキシコ全土の主要会場の一週間のプログラムが載っているからであった。

ルチャファンはここで誰がどこの会場に出るのか、何試合あるのか一目瞭然になる。
ボクシング🥊の記事ももちろんあるが、ほぼルチャ記事で占められている。

「シン、見ろ…あいつがお前のデビュー戦の相手、ラロ・バジェステロスだよ。」
カーリーヘアのその男は、見たところシンよりも二回りは大きい。

「あの男が…」

「待ってろ、今呼んできてやる。」レランパコは下に降りていった。


しばらくして、彼はラロと共に戻ってきた。

「お前がソンブラ・オリエンタルとかいう日本人か。よろしくな。」ラロはニヤリと笑った。

「よろしく。」とシンもあいさつした。


「まあ次の日曜日は楽しみにしているぜ!」

ラロは笑いながら、去っていった。


アレナ・ネサ…シティの郊外にある。
ここがシンがプロデビューする会場なのだ。


ライ・メンドーサ師匠の口利きで、UWAのドン、カルロス・マイネス氏と会うことになった。

メヒコではルチャ・リブレ・インテルナシオナル
LLIというのが一般的だ。

カネック、ドスカラス、ペロ・アグアヨ、フィッシュマン、ブラソス、ビジャノス、ケンドーなど日本でもお馴染みのエストレージャがひしめいている。
小さな巨人グラン浜田さんもUWA系なのだ。



プロでやるためにはワーキングビザが必須なので、そのための配慮だった。

マイネス氏からリセンシアーダ(女性弁護士)を紹介してもらう。

そして、マイネス氏の計らいでアレナ・ネサでの正式なプロデビュー戦が早々に決まったのである。

これも全て師匠ライ・メンドーサ先生の導きのおかげなのである。感謝!感謝!大感謝!
感謝しても足りないくらいである。


晩年のカルロス・マイネス氏







レアルのリング下から発掘!
ジライヤの前身…

ソンブラ・オリエンタル!

衣装ケースの中に眠っていたのを呼び起こしてきましたぞ!

メキシコから引き上げて来る時に、アミーゴにやってしまったと思ってたら、一緒に日本に帰って来てたんですねぇ。


忘れていた…


今ブログは、ほぼほぼジライヤ・サーガ 一色になっているけど、こうしてみると当時の出来事が映像として甦ってきます…


磁雷矢のはじまりの物語、ジライヤ・サーガ 

一読して感想などを頂けるとまた励みになります。

ではでは、明日は5時起きで佐賀行きなので、ゆっくり寝てから起きます!

将火怒プロレスに来られる方、明日と明後日、お待ちしております!

ではでは、おやすみなさーい!





プロテストが終わり、2週間ほど経ったころ師匠の口利きで試合の話が飛び込んで来た。

まだ膝は不完全だが、飛び技を使わなければ問題はない。
シンはもちろん二つ返事で飛びついた。

会場はデポルティボ・ドーモ・プランセクセナル。
スポーツ大会を主でやっているドーム型の会場である。

この会場には日本人のカメラマンが同行した。日本の雑誌や新聞にメヒコ情報を送っている女性だ。
メヒコで仕事をする傍ら、情報提供をしているので、特派員とも言うべきか。

試合は一本めこそ取ったものの、あとの二本を立て続けに取られ惜敗した。

この時のリングネームは師匠から、「ソンブラ・ネグラだ!」と言い渡されていた。
プログラムにもソンブラ・ネグラと載っていたのである。

この後、師匠からの通達で、UWAのドン、カルロス・マイネス氏に引き合わせてくれる話になっていた。

CMLLがアレナ・メヒコ、アレナ・コリセオの定期会場を持っているのに対し、マイネス氏はエル・トレオという大会場で毎週日曜日に定期戦を行なっていたのである。

当時、新日本プロレスから遠征にくる選手たちもUWA系のリングにあがっていたのだった。