前回予定していた電子書籍第2弾の発売がまだ。ちなみに、第2弾はこちら。

『これからの葬儀マニュアル』

ちなみに、今回はMCbookというモリサワが開発しているビュワーでのリリースとなる。発売も前回同様にAppStore。前回の宇宙人(『宇宙人のためのフランス語』)とは違って、一般実用書に入るので、そもそも宣伝媒体を持たないので、売れるかといわれれば苦戦を強いられそうだ。

一方の宇宙人は、先日、売り上げ報告がきて、まあ、前月よりもややアップという成績。これには宣伝をしている効果が出ているものと思われる。

前回はボイジャーだったのに、なぜ今回はMCbookというビュアーに変更したのかというところに、じつはアグリゲーションの話がからんでくる。

今回の選択は、制作をしている会社の選択だった。そもそも電子書籍を始めるにあたってボイジャーさんとの制作を進めながら、普段からDTPでお世話になっている会社に電子書籍の話を持ち込んだ。そもそも現在の社長は、コンピュータメーカーの出身ということもあって、この方面の話に強いということがある。彼も今年になって電子書籍が話題になる中で、選択肢として、モリサワに声をかけていた。

私は、最初のモリサワのプレゼンに立ち会った。そのときさすがフォントメーカーだと思ったのは、フォントの埋め込みが可能だという点だ。また、専用のエディターまで備えたオーサリングソフトはなかなかのものに思えた。

当時から、私が気にしていたのはアグリゲーター業務だった。というのも、すでに音源配信でその必要性を感じながらも、なかなか実現できずにいた。そしてボイジャー、そしてさらなる電子書籍、このように販路が広がる中で、それを集約するにはそのうち片手間では済まされない、そんな気がしてならなかった。同時に、著者への支払も含めるとその部分はかなりな煩雑さになる。

一冊の本が、複数の本として生まれるわけだから、である。

そもそも出版社は取次を通して、いわばこの書店とのアグリゲーションを行ってきたわけで、その取次業務を自ら行えるといのが電子書籍である。これがこの文脈でいわれる取次飛ばしである。しかし取次がなくなるということは、その業務を自らが行わなければならないから、これまでただ入金を確認しているだけの業務というわけにはいかない。各メディアに対して、利率を決めたり、売り上げ報告を確認したりと、おそらく直販をやっていたり、営業システムをしっかりと組んでいるところでは当たり前にやってきていたことだが、小さくて取次頼りの版元には新たな負担となる。

まして直販の話もある。おかしな話だが、版元がここに来て本当の意味での小売業の力を試されていることになったのだ。

アグリゲーションフィーというのはばかにならないが、小さく、人手が割けない版元にとってはどうしても必要な仕組みなのが、このアグリゲーターと呼ばれるものなのだ。

さて。本当の必要な理由、または、私がアグリゲーションからの立ち上げを強く望んだのにはほかの理由がある。というよりも、もし仮にこの部分がうまくいかないようであれば、おそらくは今後電子書籍にこれ以上の加担はしないつもりでもいる。

それは電子辞書の件である。

いまや電子辞書はいくつもの種類が販売されていて、それぞれにフランス語の辞書が入っているのはほぼ当たり前になっている。おかげで、というか、やっぱり、というか、その結果紙の辞書が以前ほど売れなくなった。そうはいっても広辞苑は売れているではないか、電子版だってどうだ、という話も出るかもしれない。ちょっとまって欲しいのは、日本語の辞書とフランス語の辞書とではシェアが違う。シェアが違うというのは、どういうことか。売り上げも当然違うのである。売り上げが違うが制作費は、反対にもしかするとフランス語のほうが高いかもしれない。まともに換算すれば間違いなくそうなるはずだ。

値段はどうか?書店で販売されている辞書は、英語の辞書に比べるとフランス語の辞書は、まあ若干高めにはなる。だからと言って5000円も離れてはいない。せいぜい1000~2000円というところだろう。ちなみに、価格が1000円ぐらい違うとだいたい650円から730円ぐらいは版元に多く入ることになる。

辞書というのは、億単位のかかる出版である、と以前は言われていた。億は大げさにしても、数千万は確実にかかる出版である。当然ながら売れが1000、2000では話にならない。また、辞書は語学の学習者にとって必要なアイテムなので価格を抑えざるをえない。そうなれば、例え制作費がいくらかかろうとも常識的に考えてありえない値段はつけられない。そこが、なかなか版元にとっては辛いことだ。

さて、では電子辞書に入っている辞書。どれくらいのロイヤリティーかと言えば、とんでもなく低い、低いどころの騒ぎではない。もしなんでかつてはあの辞書は入っていなかったのかと言えば、それはこのあまりにも低すぎるロイヤリティーにある。では、その後入るようになったのかと言えば、紙の辞書が売れない中で少しでも利益を出すためにやらざるをえない、というのが本当のところだろう。

かつて一度、とある語学出版社の辞書担当がもらしていたことがある。うちも電子辞書をやらざるをえなくなったと…。そして、その料率をきめたある版元に恨み言を言っていた。

(つづく)
前回の話を振り返れば、語学書の場合、音声だけを独立させて商品として成り立つのかということが問いとして残っていたかと思います。

じつは、もう一つ語研の高島さんから大事なヒントをもらいました。そのヒントは、私が電子書籍は積極的にやらなくてはならない、という意識の基本的な考え方をもたらしました。

多少、いくつか前提のお話をします。
すでに、書いたように音源配信に関してはオトバンクさんのみに限って展開をしていました。その大きな理由は手間でした。複数の業者との取引になると、請求書を発行したり、売り上げの管理が発生したり、と手間をかけざるをえません。それはすでに携帯サイトおよび専用プレイヤーサイトでの販売の時点でも感じていたことです。

もし仮に売り上げが相当額ある場合であれば、そのぐらいの手間賃はでますが、現状、というより、最初のトライでは、まったく手間賃どころではなかったのです。そして2番目にオトバンクさんとのビジネスを始めたのですが、その後、USENさんからも誘いはあったものの、保留としました。というのは、これ以上、このビジネスが大きくなるにあたっては権利関係の処理を含めた対応も必要となってくるし、そうなれば売り上げに対して著者へ払う印税のようなものも想定しなくてはなりません。そのあたりの整備ができない以上、展開は難しいと考えていました。そのため、点数も増やすことはせずにとりあえず様子見のままに放っておくことになりました。

まずは、時代が動きました。
USENさんの当時の担当者M氏が退社するとのことで挨拶に来ました。取引はなかったのですが、彼はうちの会社との取引を望んでいました。私も、時々は連絡をしていました。

彼が来社したとき、こんな話をしました。いまはUSENじたい直接に各社とは取引をしていない、間にアグリゲーターと呼ばれる中間会社あって、そこで一括して音源を管理しているとのこと。私はすぐに飛びついて、担当者を紹介してもらうことにしました。確かに、いまのままのように一社二社程度で商売をしていてはいつまでたってもビジネス的展開はない。語研さんのように、高島さん一人で拡げられて、その時間があるのであれば別だけれど、私は、編集者でもあり、こなさなければいけない書籍を山のように抱えているわけです。その状況でこれ以上の展開は、と思っていたので、これは好機と思いました。

しかし、結果的に紹介してもらったアグリゲーターと仕事をすることはありませんでした。それは、一つには、前回書いたような理由です。音源だけを独立させて商品になるのか、ということです。確かに音源商品というのはあったので、それを先行して進めようという話にはなりましたが、やはり私が忙しく、その後、その話は立ち消えになります。

…というのは、このとき私は別の腹案を持っていたのです。その話はもう少し後で。

さて、USENさんの担当者M氏がもたらしたのは、単にこうした実際的な話だけでなく,重要な情報をもたらしました。それは、現在音源業界は、iTunes、OnGen(USENさんがやっているサイト)、Moraの3社がメインで、それ以外はやる必要がない、ということでした。やはり、ここまで来ていたかと思いました。じつは、このときの話で音源配信はやるしかないと思いました。

何度も手間の話をしました。またブログの不審についても書きました。このとき、この二つがここで解決されるのです。

そもそもインターネットが登場した頃からネットをやっていた私にしてみれば、サイトの乱立と淘汰の歴史は当たり前のものであったし、どこが勝ち残るかが重要でそれに乗れればよいだけのことと思っていました。ネット書店でアマゾンが圧倒的なシェアを持っているのなら、アマゾン対策だけをやればよいことで、それ以外は、正直手間がかかるのでやる理由はないのです。なぜなら売れるからです。

これと同じことが音源でもありうるという気がしました。というより、ようやくこうしたユーザーの集中化が完成したのだと思ったのです。これならば、まだやれる可能性はあると思いました。

ここにも電子書籍のヒントはあります。

さらに話しをすすめますが、このM氏の話を受け、さっそく語研の高島さんに連絡をとりました。というのは、じっさいにどうなのか、こうい状況かで音源配信ビジネスは利益をあげているのか。帰ってきた答えは、それほどインパクトがある話でありませんでした。ただ毎月一定額のお金が入っているということ、ある本がヒットしたときだけかなりの額のダウンロードがあったということ、です。ちなみに、語研さんは、各国語の音源を配信しています。ブログで無料で配信しているほか、Vectorなどパソコンソフトダウンロードサイトでも配信しています。オトバンク、OnGenはしかりです。

ここにヒントがありました。確かに一つ一つのサイトの売り上げは小さいけれど、一つにまとめられればそれなりの額になるのではないか、そういうヒントでした。これは、積極的に展開せず、限定的にやってきたことでは見えないことです。というより、そうしたやり方でどうして答えがみえるでしょうか。反省すべきはそこにありました。

もう一つ。高島さんは、これまでじっさいに売り上げを集計したことがなかったと言いました。集計したらこうした結果がわかったと。つまり、やはり集計はできない状況にあるのだと。確かに、サイトが多様化した場合の管理は、やはり問題になるのだと。

さてここまで問題が明らかになっていよいよ動こうというときに、じつは、一つアイデアがありました。これは一つの構造を変えるチャンスかもしれないと。例えば、音源は会社ないでは扱えない、つまり編集をしたりすることはほとんどなく、スタジオで録音し、そのスタジオで編集をしているわけで、音源の管理も基本的には、専門の業者に任せているわけです。基本的に原盤もあずからないわけです。それならば、その会社がアグリゲーターの仕事をすれば、うちの会社としてはとても助かるわけです。

もう一つ、いや、二つ。一つは、これを機にいっきにこの専門業者のデジタル化をはかろうと思ったのです。以前から、例えばCDのサンプルはいらないから音源でダウンロードできるようにしてくれなど様々な要求をしてきましたが、なかなかそこまで行きません。もう一つは、これは編プロ時代からの教訓です、手間賃だけでは最終的には先細りになる、ということです。例えば、音源を扱うことで販売手数料が入る仕組みができることは、結果的によいのではないかということです。というのも、結果的に専門家でない以上、音源に関することは音源の専門家に扱ってもらうほうがよく、機材やソフトにしてもそもそもが揃っているところでのほうが、私が手作業のエンコードよりずっとましなわけです。

こうして一つのビジネスモデルを考えついたわけです。これはいま進行中でおそらく今月末には初のオーディオブックの販売が開始されるはずです。

さて、このアイデアが生まれるのには、いくつかの出会いがそのあとにありました。
一人は、じっさいに音楽のアグリゲーターをやっている後輩との出会いです。会社までいって説明をしてもらい、うちの音源を扱ってくれないかとまで頼みました。結論から言うと、オーディオブックと音楽配信とはことなるセクションのため、難しいということでした。それと、いまや音楽業界は、あまりにも多くのオファーがありこの会社では新規取引をやめているとのことでした。

この結果、それならば自分たち仕組みを作るしかないか、というのが結論でした。

この話にも電子書籍のアイデアがあります。それは、このアグリゲーションという部分です。このアグリゲーションの仕組み作りが、何よりも版元が人件費をかけて拡げるよりも効率よくコンテンツを販売を拡大する方法だからです。

おそらく来週中に新しい電子書籍が販売開始となります。告知をしますが、これは、まさにこのアグリゲーションの部分を独自に立ち上げた(というか、取引業者に入ってもらった形ですが)形でのリリースになります。

なぜ独自のアグリゲーションにこだわったか。じつは、ここにもある理由があるのです。
今週ようやく電子書籍2本目の校正を終えて、ほぼオーケーのデータがあがってきた。どうなんだろうか?シナノのようにPDFをまんま見せる方法というのが一番なのだろうか?

一番、困る考えは「電子書籍はタダならやってもいい」。

確かに。タダでやって儲けられればそれにこしたことはないが。お金をかけないことは、そのまま宣伝さえしないということを意味するように思える。もちろん、お金をかけずに電子化して、宣伝はがんがんやるというのなら、おそらく売れるだろうけど。

ただ敷居がすでにタダというのは、おそらく売るつもりもないということなのかなと。

だからといっていまの現状では、お金をかけて作っても売れないということは大いにありうる。宣伝費をかけても売れないことだってある。いまのところ電子書籍の市場は不透明なことも多く、ほとんど「投資」しかも、回収の見込みのない「投資」に近いことだけは事実である。

ではなぜやるのか。それは、まさしくこうして慣れないブログを書きながら模索しているわけだけど、かなりそれは各社固有の事情があるだろう。

ビジネスというのは、ひとから与えられたビジネスモデルで商売をするのは簡単だ。しかしそのビジネスモデルの成功例は、まねからは導きだせない。ビジネスモデルはつねに一般化された方法で、それぞれが個別に適応さえせていき、うまくはまったときに動き出す。

同時に、ビジネスは社会の動きに敏感に反応する。例えばベストセラーは、ただ出せばいいという本について生まれるようなものではない。売ろうとする努力の末に生まれる。所詮売ろうとしていない本でベストセラー生まれるのは、時代が、社会の動きが、偶然に演出したときぐらいなものだろう。

だからということでもないが、「タダならいい」はすでに後ろ向きに構えている気がして、売れるとは到底思えない。これは本でも同じこと。売ってくれるならどこで売ってもらってもいい、売ってくれるならどこに置いてもいい。それでは本が売れるはずがない。(←この部分、じつはいちばん忘れてはいけないです。割とデータだから置いておけばいい的な発想が出てしまうのですが、そこがそもそも間違いではないかと思うのです。)

どうも出版業界特有のITアレルギーといまの錯綜した状況がそのような発言を誘発しているようにも思えるのだが、後ろ向きになった瞬間に、これから生まれるだろうビジネスモデルに気がつかないということにならないだろうか。

かく言う私も、2本目の準備をすすめるなかでこれだけの手間ひまは、果たして本当に妥当な労力なのだろうかと日々自問している。