大学受験とはなんぞや?と考えると、
「高校卒業までの教育課程の習熟度によって、進学する大学を振り分ける制度」
と言えます。
受験生は高校での成績に関わらず自由に受験する大学を選択できる点、大学は独自の選考基準を設けることができる点、一般的には1月〜3月に選考試験が行われる点が本邦の受験制度の特徴です。
現行では受験生は納得いかなければ事実上無制限にリトライすることが可能です。
その結果、多浪生・再受験生・(私のような)仮面浪人生を生み出すことになります。これは現行のルールに則り、自身の将来を選択しているわけですから、なんら負い目を感じる必要はありません(と信じたい)。
とはいえ、私立医大の多浪生減点問題のときに一部で持ち上がった「浪人して苦労している人の方が、人の痛みが分かる良い医者になる」という意見は暴論であると思います。
浪人生の終わりの見えない閉塞感、焦燥感、立場の無さは浪人経験者にしか分からないでしょう。しかし高校の学習内容を習熟していれば突破できる受験と、治療にすら何らかの痛みを伴う病とを同格にはとても扱えないと思います。
結局のところ浪人を経験しても「浪人のつらさが分かる医者になる」というだけです。患者の立場としては、医者の苦労話はどうでもよいわけで、病を治す問題解決能力の方がはるかに大事です。
と考えると、限られた期間で効率的に学力を身につけた現役生の方が問題解決能力が高く、医師としての資質があるということになるのですが、(私にとっては)幸いなことに、少なくとも建前上は現役生も(仮面)浪人生も平等に受験時の点数で評価するということになっております。
今の時期はまだ心に余裕がありますが、試験日に近づくにつれてストレスを感じるようになり、きっと「人生で今が一番つらい」と思う日々が私にも来ると思います。もし首尾よく目的を達成できれば、この受験の苦労は生涯口にせず、自分の胸の内にだけ秘めたいと考えています。