人生と創造の会オリノです。

 

カルマというものをどう考えるべきだろうか?

前回のB説をもう少し掘り下げてみます。

 

過去生において、自らの不遜・不徳により背負ってしまった、負債・債務または償いの義務のようなものと解釈できる。

しかも、その負債(カルマ)は、前生で発生したものもあれば、前前生、前前前生、遥かな過去生で発生し、一部は清算されていても、残額分は苦痛・苦難・不幸となって現生に必ず現れる。

前生の内容により現生の内容が決められ、現生の内容が来生の内容をきめるという運命・宿命を創り出す。

輪廻から解脱できないならば、それは延々と続き、人間は不幸・苦難を強制される。

それも人間に課せられた定めである。

 

つまり、人間として生まれたならば、その者はカルマの多重債務者ということだ。

今現在、地球上には75憶人の債務者がいることになり、不幸・困窮という形で取り立てられるのは”自業自得”というわけだ。

人間としての生、人生は、過去生からのカルマを返済・清算するための苦行であり、真の幸福にいたるには全てのカルマの解消と悟りを得ることで輪廻から解脱するしかない。

 

しかし、それを成すのは困難であり、大部分の人間にとって夢物語であり、理解できないことである。

悟りを得て(啓いて)輪廻から解脱するということは、完成の段階に達した人間。神仏の域に達した人間にのみ可能だからだ。

そのような人間は非常に希少であるが、尋常ではない知識と智慧と能力をもつ神の化身・聖者・導師として存在する。

人間の宿命である輪廻、苦の連鎖からの解脱を望むならば、教えと導きを授けてくれる聖者・聖人を探し、その人格と教えに帰依しなくてはならない。

正しい教導に沿った日々の修練と帰依のみが、悟りと解脱への道を開くのである、

今生で最上の成果が得られなくても、来生の良き宿命が約束され、悟りと解脱を引き寄せるだろう。

 

以上です。

 

人間の謎、転生の謎と真面目に取り組もうとする人間にとって、輪廻転生・カルマ・解脱、それらが紡ぎだす運命という説明は、とても分かり易い説明として受け入れられている。

それもニューエイジ・スピリチュアル思想がメディアにのって広がったお陰である。

唯物的人間観・虚無的人間観の信奉者が幅をきかせていた一昔前に比べたら、霊的人間観をもつ人は非常に多くなった。

その古くて新しい霊的人間観を持つ人の多くが輪廻転生論者であり、若年層ほど比率は高いに違いない。

多くの人が真実に近づいたことは喜ばしいことである。

 

しかしその反面、オウム真理教によって悪用されたことも事実であり、輪廻転生説は悪用されうる欠点を持っている。

輪廻転生説は「霊の教え」を否定的に曲解・変造したものだからだ。

変造されたゆえに、カースト制度を正当化できるのだ。

それにとどまらず、全ての宗教がそうである。

たいていの宗教に似通った部分が見られるのは、それらが「霊の教え」・「創造の真理」として地球にも伝わっていた教えが変造・改竄されたからだ。

そのことを言っているのはビリーマイヤー氏とプレヤール人だけではない。

2500年前の老子もこう言っている。

”大道廃れて仁義有り”

大道(大いなる創造の真理)を人々は蔑ろにし、ついには忘れてしまった。代わりに仁や義などを考え出したが、所詮人間の小賢しい思考の産物であり、創造の真理の普遍性・完全性に比べたら取るに足らないものだ。

 

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