人生と創造の会オリノです。
太古の地球に地球外の人間集団が飛来した時、頭目の男が無知な地球人に
宣言した。
「全能で偉大なる創造とは私のことである、私は神であり、アルファでありオメガである。」
「私を愛し、畏れ、賛美せよ。私以外に神は無い。」
時がたち、この男の逸話・伝承は宗教となり、天国と永遠の命欲しさに十数億の
人間が信仰している。
しかし、人格神・聖書の神の正体は偉大なる創造と高慢な人間との混合物であり、
架空のもの、何より創造の全能・完全性・真実を貶めるものである。
そのような粗悪な創造の偽造物に一体どんな力・価値・真実があるというのか。
永遠の創造と、支配欲に憑りつかれた人間の区別が出来ないために、
偉大なる創造が見えず、自己の本質が創造に由来する霊であることが
分からなくなっている。
自己の本質が創造に由来する霊であるということは、それ自体が永遠の命で
あることも分からないでいる。
そしてこの役立たずの神を信仰する者は、自身がその神の中に見る愛・永遠性・
全能といったまばゆい光が、神よりはるか高くにある創造の光であることを知らず、
神がその光を遮り、隠蔽するものであることを知らない。
だから居もしない人格神の機嫌を取り、平伏して
「天国に入れてください、永遠の命をください。」
と卑屈に懇願することになる。
彼らは正しい人生を生きたいというが、その真意はただひたすら地獄の業火の
恐ろしさから遠ざかりたい、逃れたいという臆病・小心である。
しかし自分が神に選ばれ、天国の特権を得たなら、彼らは何十億人が地獄で
焼かれても平気である。
むしろ神の御心と計画が成就したのだと歓喜するだろう。
では逆に、自身の信仰こそ正しいと信じていたが、実はそれが誤りだったと気づいた時、
つまり自分が地獄行きになるとき、その者は天国に行くだろう者を祝福するだろうか。
しないだろう。
最初は懸命に言い訳や正当化をして判決を覆そうとするが、それが不可能と分かると、
その瞬間に神のしもべは悪魔もたじろぐほど陰険になって、救われる者を呪い、
悪罵を浴びせ、なんとか地獄の道連れにしようとし、出来れば全てを滅ぼそうとするだろう。
残念だが彼らにはそのような想像をする勇気も理性もない。
疑念を少しでも抱いたことが、神に知られたら大変だからだ。
果たして全知全能で完全なるものとは何なのか。
人格神・聖書の神にそれを名乗る資格はない。
それらは外宇宙から来た人間の伝承か、エホバを名乗った者の後継者たちが
地球人を支配するためにでっち上げたまがい物である。
創造だけが全知全能で完全である。
そして創造の微小な霊が人間の本質であり、人間を存在させている。
霊は人間の生命・意識を可能にし、永遠に存在する。
霊は創造だからだ。
次回 アセンションとアシュタール・シェランの顛末