人生と”創造”の会発起人オリノです。
自己探求という思索の旅は、自分が存在する理由を宇宙の起源に求ようとする段階に入ります。
この辺りまで来ると、道は細く、枝分かれして迷い道になってます。
まず、前回に得られた二つの考えに戻ろう。
1宇宙は偶然に発生した。
2宇宙は巨大な意識が創った。
言い換えると
1宇宙は虚無である。
2宇宙は意味・目的・価値を持つ。
人間の本質として霊があるのか、無いのかという二択と同じ構図が、ここでも見られます。
そして、霊の問題と同じく、私たち地球人はこの宇宙の実態を理解し、上の二択のどちらが正しいのか判断を下せるほど進歩していません。
しかし、鋭い人はもう気づいていますね。(笑)
二択に見えているが、実質的には一択であることが!
そうです。
この場合の1は虚無であることはほぼ確定しています。
虚無の中に何かを探すのは無駄なのです。
虚無なのですから。
宇宙・人間が虚無である証拠を見つけても、それに何の意味がありますか?
虚無なのですから。
探究するのは2なのです。
この宇宙を創ったのは何者か、なぜ創ったのか。
その答えのみが、私たちが存在する理由と生きる意味・目的・価値を説明することが出来るからです。
宇宙の創造の謎は、私たちの最も身近な謎であり、私とは何かという問いである。
また2は、旧約聖書の創世記として、創造論として知られています。
ではなぜ冒頭で、【神】と書かずに【巨大な意識】としたのか。
神は解釈の幅があり、これから絞り込んでいきます。
宇宙を計画・設計・実現するということは意識がなくてはできません。
意識が関与しないならば、それは偶然であり虚無です。
次の更新 冒涜ではありません。真面目に考えてます。