入社式の後、数日はオリエンテーション的なスケジュールで、会社の概要やら規則やら、どうでも良いようなことで潰された。
こんな話、黙って聞いててよく眠くならねーよなコイツら。
同期で入ったやつらは、みんな背筋を伸ばして真面目に話を聞いている。
俺の隣に座ってるコイツなんか、話しかけるなオーラ出しまくってるし。
安心しろ。俺は同期と関わる気なんか、さらさら無いから。
やってらんねー。いいから、早く仕事教えてくれよ。
ふぁーーー眠ぃ。
休憩時間、ふわーって欠伸してたら、後頭部を何かで叩かれた。
「あ?」
っんだよ。イテぇな。
「ちゃんと話聞け。森田」
振り向いたら、坂本さんが立ってた。
「あ、ちぃーっす」
一応、挨拶はした。
「『ちぃーっす』じゃねーよ。ちゃんと挨拶できねーのかよ」
隣に座ってたヤツも坂本さんに気付いて、立ち上がってお辞儀した。
「お疲れ様です。よろしくお願いします」
ふーん。なるほど。
それがちゃんとした挨拶ってヤツね。
コイツ、話しかけるなオーラ消えてるし。
ハッ…なんだ。俺に話しかけられたく無かっただけかよ。
「この後、人事の方から配属の話があると思うんだけど、お前ら二人俺の部下だから」
別に驚きはしなかった。
ハナっからそのつもりだったし、違ってても、いずれなんとかなると思ってた。
隣のヤツは、嬉しいんだか嫌なんだか分かんないような顔してる。
しかもチラッと俺の方見て、目があったらすぐ逸らしやがった。変なヤツ。
…なんか見覚えのあるような無いような……
三宅なんてヤツ、やっぱ思い当たらないから、気のせいか。
そもそも、昔の事なんてあまり覚えてねぇし。
心因性の何とかって医者には言われた。気付いた時には養護施設にいたし。
ところどころ断片的に思い出せるのは、職人気質だった親父の姿と、下請けだったウチの工場に出入りしてた親会社の社員。
あと…よく遊んでたアイツのシルエット。
つっても、名前も顔も覚えてないけど。
親会社の社員だったその人の、顔と名前だけは何故か覚えている。
『さかもとまさゆき』
小さかった俺にもちゃんと自己紹介してくれたその人と親父が、家で呑みながら、いろんな事を熱く語っていたのを、傍でずっと聞いていた気がする。
俺は、親父に認められてて可愛がられてるその人に、ずっと憧れていたのかもしれない。
就活中に何気なく見た 会社案内に、その人が写っているのを見て、俺はここに入ろうと決めた。
坂本さんは、俺のことなんか覚えてなさそうだったけど、それはそれで良かった。
昔のこと聞かれても、答えられることなんか無いし、変な同情とか抜きで、この人に認められたいと思っていた。
俺の、数少ない記憶のカケラの中にいる人に。