仁太劇場 「小さな物語 物語3」 byニョロ
~恋文~
真っ白な部屋、大好きな窓際のテーブル。
男は静かに座って便箋をひろげ、お気に入りのペンを握った。
白いカップが運ばれてくる。
『前略
……… 』
そう書いたきり男の手は止った。
窓の外には子供達と白い服を着た人達。
笑い声。
『好きに成りました。
一目惚れです。 …… 』
男はニコッと笑った。
あまりに幼稚でストレートだ。
『久し振りの外出でした。
むかしから劇場に行くのが好きなんです。
現実から解き放たれた、夢とも思える別世界。
小さな劇場、でもそこにはミラーボール、キラキラした世界、そして貴女がいた。 …… 』
男は恋文を書いていた。
A.M.さんへの手書きの手紙。
『こんなにも美しい女性がいるのかと見とれました。
いえ、美しい女性は沢山います。
でも貴女の輝く笑顔、ハートに突き刺さりました。 …… 』
微かなチャイムの音が聞こえる。
子供達が歩き出して行く。
部屋の隅にいる女性と目が合う。
男は便箋に向う。
『貴女は普段、どんなところに行き何を見て、何を食べて、どんな想いを抱いているのでしょうか?
僕は貴女と街を歩いているところを想像します。
貴女は大きなショウウインドウを嬉しそうに眺めている。
そんな貴女を僕が見守る。
茄子や人参南瓜、沢山の野菜を抱えて貴女がお店から出て来る。
僕が荷物を受け取る。
一歩一歩二人の距離が縮んでいく。 …… 』
フッ~っと男は大きなため息をついた。
『すいません。
初めての手紙で変なことを書いてしまいました。
貴女の笑顔がどれだけの人を幸せにするのか、それを伝えたくて。
貴女はただ美しいだけでは無く、きっと面白い方なのだと思います。
貴女は今日も踊っているのでしょうか?
また劇場に出掛けたいです。……』
ひとりの白い服を着た女性が男に近づいて行く。
固まった笑顔。
『貴女に会いたい!
貴女の声が聞きたい! …』
男はペンを置き、便箋を封筒に入れる。
宛名を書かないままで…
横に置いてあるブリキで出来た缶の蓋を開ける。
中には宛名の書かれていない沢山の手紙。
一番上に書いたばかりの手紙を乗せて男は蓋を閉めた。
窓の外には誰もいなく成っている。
やって来た白い服の女性は持っていた何かの紙に幾つか小さなマルを書き込む。
男は彼女の後ろから大好きな白い部屋からブリキの缶を抱えて出て行った。
微かなチャイムが再び聞こえた。
完