
今にも消えてしまいそうなほど綺麗で儚い貴方がこの世に生を受けたのは、27年前の3月9日。
真っ白な肌と塩っけのある顔で生まれてきた貴方に付けられた名前は〝ユンギ〟豊かに、よく巡る人生になるように。そんな名前は彼のお父さんが付けてくれたもの。韓国だとかなり古風な名前だと言われる貴方は、日本で例えるならなんだろう。「〇〇左衛門」とかかな??(真剣)

音楽を愛する貴方。小学六年生のとき、「お前音楽なんて目指してるのかよ」とからかわれたのがきっかけで、夢を音楽にした貴方。けれど、その道は決して緩やかなものではなかったことを、貴方は誰よりも知っている。
17歳、〝夢を現実にする〟と家出半分で飛び出した先に待っていたのは試練の山。ここから3時間歩いてジャージャー麺を食べに行くか、今から来るバスに乗ってジャージャー麺を諦めるか。そんな選択肢を強いられるほどお金がなかった18歳、貴方はうつ病になった。両親と精神科に行って言われた最初の一言は
「私たちは貴方のことがよく分からない」
私は歌詞で貴方から〝もうミンユンギは死んだよ〟と言う言葉を聞いた。ただのファンの私でさえ胸が張り裂けそうになった歌詞のひとつ。でもそんなとき、貴方には友達がいた。たった一人の、たいせつな、たいせつな。同い年だったのかな?たぶん。大邱まで遊びに行って焼酎を傾けた夜。〝俺たちなら世界だって怖くない〟と夢を語り尽くして二人で迎えた朝。彼が病に苛まれたとき、一番そばにいてくれたのはこの友達。彼が唯一弱音を吐ける、夢を語れる、笑顔を見せることの出来る人がこの友達だった。
そんな友達の支えもあって晴れて夢の練習生になった貴方。けれど、そこでも貴方はたくさんのものを背負うことになるね。貴方は対人恐怖症になってしまった。練習生生活が辛くて、人と関わる機会がめっきりと減ってしまったからだ。
〝監獄のようだった宿舎。1ミリたりとも出られなかった〟
〝俺の島に入ってこないで。……どうか俺を、見捨てないで〟
貴方はどんな思いでこの歌詞を書いたのだろうか?辛くて辛くて耐えきれず、それでもそんな思いを自分が愛する〝音楽〟に乗せて届けようと決めた貴方の心があることに、私は胸を打たれる。防弾少年団のSUGAと自分の中のミンユンギは同じだ、という彼だからなのかな、きっと。

対人恐怖症を患いながらバイトをしていた彼。宅配のバイトだ。理由はお金が無いから。お金を稼ぐために始めた宅配のバイトに彼はこの日も出勤していた、が。この日彼はバイト中、事故で肩を脱臼してしまう。車と衝突したそうだ。しかし、彼は事務所に言えなかった。彼曰く、
「事務所を辞めさせられると思って」
それは事務所同様、当時のメンバーにも。お金もないから治療費も払えない、辞めさせられたら職がない。……帰る家も、無いかもしれない。そんな貴方が肩を抱いて泣きじゃくりながら〝俺、これ以上はまじで出来そうにない〟と本音を零せたただ一人の相手、それがあの友達。そう、たった一人の、たいせつな、たいせつな。その友達は貴方にこう言ったね。
「あんたは絶対に上手くやれる」と。
貴方の愛する友達。ソウルメイトというのかな。初めて大邱へ遊びに行った日、貴方は自分の地元を誇らしげに自慢したことだろう。そして〝ここで一杯呑もう〟と言って〝俺、もうすぐデビューするんだぜ〟〝世界だって目指せるかもな〟なんていう、20歳になったばかりの貴方はそんな会話をして焼酎を喉に流し込むのだろう。笑顔で、この友達と過ごすこれからを、輝く未来を見据えて。

ある年、その友達と連絡がつかなくなった。それから少ししてその友達の両親から一通の電話が。内容を直に言うと、〝あいつは今クスリをやって刑務所にいる〟というものだった。
その一通の電話ですぐに駆けつけた貴方。往復3時間かかる道のりを一人で出かけた貴方。それも毎週。このとき23歳。一人バスに揺られながら拘置所に向かう間、彼が何を思って吊革を握っていたのかを私は想像したくない。切なくて、苦しくて、泣きそうになってしまうからだ。
冬の日。友達の出所日。貴方は白い豆腐を持ってバスに乗った。韓国では出所の日、〝豆腐のように白い心を持って〟と言う意味を込めて出所祝いに豆腐を食べる文化があるのだそう。雪がふりつもる中、だいすきな友達に豆腐を渡した貴方。……もう既に泣きそう。
「なぁ、ユンギ。お前もクスリをやってみないか?」
豆腐を渡した反応は信じ難いものだった。きっと貴方は驚いた。目を見開いて、「目を覚ませ」と口論になったと思う。友達は変わってしまった。長い年月の果てに、二度とは繰り返されることの無い思い出を残して。でも貴方は知っていた。それが単なる時間のせい〝だけ〟ではないということを。
いつどんなときも自分を否定しなかった友達。何も言わずともそばに居てくれた、支えてくれた、生きる理由になってくれた友達。夢を語り合い、苦しみや辛さを分け合い、共に涙を流した友達。そんな友達は彼に背を向けた。その背中は彼にどんな姿で映ったのだろう。
「置いて行っても心配はしないで。あんたは自分の力で上手くやっていけるから」
友達が最後に放った言葉を彼はどう受け止めたのだろう。ちなみに私はヘイズさんと彼がコラボした
〝We don't talk together〟はただの恋愛ソングだと思っていない。〝Spring day〟や〝First Love〟の延長線だと思っている。
「貴方を送り出すことが出来ないのよ」-We don't talk together-
「実を言えば、僕はまだ君を送り出せそうにないよ」-Spring day-
「元気でなと言って背を向けた貴方」-We don't talk together-
「君は言うんだ あんたは自分の力でやっていける だから心配はしないで」-First Love-
などなど。探せば色々あると思うが割愛。

2018年のMAMA授賞式、私たちarmyは衝撃の事実を聞かされることになる。このグループの最年長キムソクジンが零したそれは「年の初めに解散しようと考えた」という事実。驚いた。だって彼らはそんな素振りを少しも見せなかったから。今年の5月に配信されたブレサイで明かした「Outro:tear」の意味。ああもう貴方って人は……と暴れかけた思い出があるよ(怖い)
対人恐怖症を乗り越えて、今ステージで堂々とパフォーマンスをする貴方。貴方はもしかしたらまだ人が怖いかもしれない。まだ完全には完治していないかもしれない。でもね、私は貴方が「人」に対して言及する姿が好きだよ。例えばメンバーについて話すとき。貴方は弟たちとあった面白いこと、楽しかったことを本当に嬉しそうに話すね。他にもある。歌番組で1位になったときなんかはトロフィーを自慢げに掲げるね。「僕達が取ったんだよ」って見せつけるように。
だいすきなひとたちのことをニコニコ笑顔で話したり、嫌いな人たちを罵ったりする貴方はきっと寂しがり屋。そんな言いようのない寂しさを埋めてあげられる人が、どうか貴方のことを大切に思ってくれている人でありますように。貴方のことを心から愛している、そんな人でありますように。
「貴方の夢が夢で終わらないように」そんな言葉をかけてあげられる貴方。「どうせ世界は丸いから しきりに歩いていけば目的地も見えるでしょう」少しだるそうに頷きながら、それでいて世界で一番優しい目をしている貴方が言う言葉は、なんだかくもに色をつけたように暖かく感じるね。
私はユンギが好き。心の底から愛している。でも、私の愛は彼には届かない。そして、この愛はきっと彼を押し潰してしまうだろう。アイドルとファンは紙一重だとよくいう。ファンの応援はときには生きる活力になり、ときには逃げ出したくなる理由にもなる。それならせめてどうか、幸せに。彼に届く全ての幸せは、彼の愛するものでありますように。
ねぇ、ユンギ。私は貴方の何になれるかな。

※画像お借りしました