2月11日

小学一年生の時

転校するまで

一年も居なかった

学校の先生の誕生日

毎年ではないけど

仕事で遅くならない時は

山口先生 誕生日 おめでとう

と電話してきたけど

今日は できなかった

わずか 一年も居なかったけど

たくさんの思い出と言うか

お世話になった先生

当時

婆ちゃんのところに

母親と居候していた時

婆ちゃんは水産加工場に働いていて

母親はお水の仕事をしていた

帰ると いつも 物置にカギがあるはずが

無い事が よくあった

そうなると 婆ちゃんが

帰ってくるまで 家には入れない

そんな時

周りの友達のお母さんや山口先生が

いつも 助けてくれた

今でも 思い出すのは

山口先生がラーメン屋さんで

ラーメンとおでんを

ご馳走してくれて

二人で 

美味しいねって食べた事

遠足で海に行った時

ヤドカリを捕まえてる途中

海に落ちて 助けてもらい

車で 家まで送ってくれた事

色々な思い出がある

山口先生は

私が2時間くらい離れた学校に

転校してからも

出張で来た際には

授業中に 会いに来てくれた

車の免許を取ってからも

何度か会いに行き

結婚する時も 喜んでくれた

子供達を連れて遊びに行った事もあり

離婚した時も 電話をした

たまに 小学校の時の話になると

山口先生が言うには

あの頃ね

同級生のお母さん達は

みんな 

ジン君の事を心配していて

いつも 気にかけてくれてたんだよ

そして 今でも

ジン君は 元気なのかな?と

話が出たりしてたみたいで

当時は

不憫な子で

いつも 母親に放置されていて

かわいそうだと思ってたらしい

こちらに来る時も

先生

俺 

北海道から出る事にした

子供もなんとか育て終わったし

山口先生とは遠くなるけど


また 向こうで頑張るね

そう 電話をして

こっちに来た

そんな 

山口先生は80歳をすぎていている

いつも 誕生日に電話をすると

教師を何十年もやってきたけど

誕生日に 電話をくれるのは

あなただけだよ

そうやって 電話の向こうで

涙を流していた

嬉しいのかもだけど

その他の

色々な思いが伝わってくるから

私も 辛くなります

山口先生や周りの良い人に

恵まれたから

今 

自分が生きている

それなのに

なかなか 前を向いて

歩けてない事に 哀しくなりもする

心の中で

いつも 先生 ごめんね

そう思っています