「客観的正しさ」に弱い。


私は、
「自己流」と
自分の世界観の中で生きているから。


そして、その生き方を
やめるつもりもなく、
気に入っているから。


だから、
「客観的正しさ」に弱い。


投げつけられたら、
どうしようもできない。
避けられないし、否定もできないし、
ただただ向き合うしかない。


腹に力を入れて、よーく向き合えば、
個人の自由という、ただの
彩りでしかないのかもしれないんだけどね。


でも怖い、めちゃくちゃ怖い。


こういう時は、自分の中で
「客観的判断ができる人だな」
と思う人に、自分をさらすことすら怖くなる。


ブログ書いて載せる、
っていうそれだけでもひやひやもんだよ。
けど載せるっていうね。笑



だけど、
そうやってひ弱になる度に 
思い出すんだ。





私、未熟なままで
先頭に立つって決めたじゃない、


って。




不完全のまま、自分を隠さずに、
自分が自分のリーダーになって
何にも遮られない広い視野で
この世界を見るって決めたじゃない、って。


ここ最近、そんな気持ちで生きている。



◇



昔、自己啓発系の
TwitterやらYouTubeかなんかで


“これまでの自分とは違う選択をする”


という言葉を見た。




なんか、私こういう
ビジネス書系?ハウツー本系?の
テンションが、あまり合わなくて。


「食わず嫌い」ならぬ、
「触れず嫌い」みたいな。
個人的偏見があったの。


単純に、
自分の世界観に招待できないもどかしさと
脳内遊びへと昇華できないつまらなさを
感じてたんだと思う。




けどね、この言葉はなんとなく
記憶の隅にずっとあって。


最近の私に、
パチっとハマったんだ。
出番登場、って奥から引っ張り出されてきた。




“意識的に「違う」を選んでみる”
って、なかなか面白いよ。




私の中での合言葉は、


「NEW ME」






何か選択するために
立ち止まる場面があったら、 
今まで選ばなかった方を選んでみてる。



まあ、今の私にとっての
「選択」のほとんどは、
脳内遊びの手段とか、
現実への解釈のための「選択」なんだけどね。笑


でも、だからこそ。
本当の「自分」への影響が大きい。
思考の変化が現実の変化を作るから。





もちろん、新しい選択肢を選ぶのは

◆新しさにワクワクする
◆選んでみたい野望が湧く
◆選んだ先にも自分に憧れを感じる

こういうメリットがある時。
なんでもかんでも、違えばいい
というわけではないと思う。


これだけのメリットがあって
もうとにかく、心がそっちを指してるけど
変化への気怠さを感じたり
腰が重く感じた時はね、





それは過去の私の話でしょ!💥



って、愛あるツッコミを入れてる。笑




私の頭の中では、
大好きなパオパオチャンネル(YouTuber)の
大好きな企画の中の言葉



“それはパオぞうの話でしょ”

このテンションと
小豆ちゃんの声を脳内にてお借りしております。
パオチャンも、はなおもありがとう。笑



こんな感じで、私は、
外で動けない分
心の中で進化を楽しんでます✌️


この「NEW ME」の意識で
「客観的正しさ」を前に竦む自分も
受け入れつつ、楽しみつつ、


心をもっともっと自由にして
開けた世界を見ていこうと思います。





最後まで読んでくれて、ありがとう❤️
またお待ちしてます!







■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


■「人生推し」のオタ活サポート随時受付中
この記事よかった!面白かった!ためになった!
その気持ちをぜひ、「お金」という形でも。
▷詳しくはこちら