昨日のNHKニュースWebで取り上げられていた。シベリア抑留を書いた漫画があるそうだ。作者は女性でお父さんの経験を描かれたそうだ。
その人がどう思って描いたかよくわからなかったが、なぜこれを取り上げたかというと、ゲスト解説者のご希望だ。その方の意図もよくわからなかった。
絵はほのぼのとした絵なのだが、話は-30℃での作業とか、隣の仲間が次の日には死んでいたり、我々の日常にないことが日常的に描かれているそうだ。
そんな、ロシアのプーチン大統領がやって来る。
謝りに来るのならよいが、そんな可能性はないな。
政府のISによる人質事件に対する対応について、検証結果が出た。
課題はあるものの対応に問題はなかったということらしい。各メディアはどちらかと言えば非難の論調だ。
素人の対応を素人が検証するから、充実しない。
経験ないのだから、あたりまえである。何もできない状態だから、できないのは仕方がないという検証結果でこれまた仕方がない。
これは事実だから、じゃ今後どうしようかの議論である。これが重要なので、海外の各国の対応も鑑みてどうするのか決めて行ってほしい。
私は、法人保護のための自衛隊派遣は賛成なので、そういう選択肢もあるが、何しろ日本には経験がないので注意して迅速に進めていただきたい。
自国民に関わることを他国にお願いすることは、集団的自衛権以前に独立した国家として如何なものか。また、自国民を救えないのに他国民を救うために協力するのも他国から見て、どうなんだろう。後方で補給しかしない国を助けようと思うだろうか?
ということで、邦人が巻き込まれる可能性のある事態から邦人を救出するために何をすべきか議論してもらいたい。集団的自衛権はその先の話で今は不要だ。
本日2015年5月22日の天声人語は、そんな話だった。
共産党の志位委員長の質問に対する答弁である。質問は「ポツダム宣言に基づいて先の戦争は誤りだったと思うか?」正確な文言ではないかも知れないがこのような感じである。安倍総理の回答も正確ではないが、「読んでないのでわからない」というものだ。
天声人語は、ただの受験用コラムなので、志位委員長の質問の巧みさを述べている。また、「読んでない」ことについて本当はどうなのかと言っている。
「読んでない」は本当だろうが、答弁としては誤りだろう。また、ポツダム宣言よりも、誤りだと思っているかが重要である。先の談話を踏襲するとはそういうことだ。安倍氏は謝りたくないだけの男である。人に謝ったことなどないのだろう。それが自分に責任がないことで謝りたくないのだと思う。要は坊っちゃん政治家なのだ。祖父の岸信介氏はA級戦犯になりそこねたが、開戦と戦争の継続に関わったと思われる人である。そりゃ、言い分はあるだろうが、それをそのまま受け継がれてもね。戦争は負けたら罪である。日本は攻められたわけでもなく、中国や東南アジアに進出しようとし、出る杭を打たれた。安倍氏の祖父たちのせいで、日本はこのような立場に追い込まれたのだ。国民に対し謝ってほしいものだ。少なくともポツダム宣言を読んでないからわからないではなく、「誤りだったとは思わない。」とはっきり言えば良かったのだ。そうすれば、議論が起こり正式な国の見解が作られたかも知れない。きっと米国からも非難されたろうに。談話なんかでごまかすからこうなる。村山談話は政府公式見解にできなかったから談話なのだ。河野談話も同じく河野氏の私見なので談話である。
70年談話も談話である限り同じ。安倍氏の私見である。
私見はもうよいので、日本としての正式見解を立法かすべきである。今は憲法がその役割を担っているとするならば、憲法を変更することは(改正や修正ではない、今回やろうとしていることは改変である。)その認識を変えることになる。それには、日本の先の戦争に対する正式見解を出した上で関係国に理解いただくことが必要であろう。

その機会ととらえるなら、安倍氏よ中途半端なことをせず、暴走せよ。暴走の先に未来がある。その犠牲となればよい。