ミャンマーのアウン・サン・スーチー氏がアナン氏をロヒンギャ問題解決のための諮問委員会の委員長に起用したそうだ。
ちょっとどうなのって感じは否めない。自ら判断しないことで批判をかわそうとしているように見える。
この問題は数百年の歴史がからんだ問題のようで、とても簡単ではないと思われるが、少なくとも意見はあるだろう。
まぁ人気商売ですから、危険は冒したくないでしょう。結論先送りで国際基準にどうのこうのが無難な線だよね。
東大生の強制わいせつと暴行の事件があったが、その結審が行われる。
面白いのは、弁護側の意見である。
弁護側は、「悪ふざけ的な暴行やいじめの側面が強い」として情状酌量を求めたそうだが、
悪ふざけ的な暴行やいじめはいつから情状酌量されるようになったんだ?
弁護人は、あほじゃないのか?もしくは東大贔屓の東大卒か?変態プレー好きか?
そんな自分本位で相手のことを思わない奴は実刑になればよい。
だが、裁判所は、初犯だから執行猶予を付けるだろう。裁判官も東大かもしれんしなぁ。
そんなところまでは調べてないが。

親もどうかと思うよ。親も頭が良いんだろうね。すばらしい証言をされる。親としては他に言いようもないが。
こういう東大生が官僚になると意地汚くなるんだろうな。いい見本だな。
なぜか他の奴らの名前が出てこないのが気に入らんが、どうなってんのかね?
パラリンピックはどうにも好きになれない。
疑問が残る競技もある。車いすでぶつかるようなスポーツって本当に必要なの?
趣味で勝手にやればいいと思うけど、世界大会まで開く必要性を感じないな。
障害はそれこそ千差万別。それぞれのおかれた環境も異なる。
個人や国によりあまりに差がありすぎて、勝敗を決めることに意義を感じない。

NHKのバリバラで障害者=感動という図式はどうなのか?というテーマがあったらしいが、
特別扱いを受けたいわけではないという障害者の方の意見を聞くと、
さらにパラリンピックの存在理由がわからなくなる。どう見てもパラリンピックは特別な大会だ。
義手や義足は道具になるから、付けた状態では通常のオリンピックでは出場できないが、それも仕方がない。
義手や義足の性能が結果に影響を与える可能性を排除できない。いずれ義手や義足の性能が生身を上回るようになると言われている。
特別扱いされたくないという意見を尊重すると、義手や義足なしに出場すればいいのでは?
オリンピックでは代表にはなれないだろうけど。
これが、技術革新のためであれば意義はあるのだろうが、通常の健常者よりもはるかに高い能力を競う必要がどこにあるんだろう?

またしても、多くの方々の意見に反するようなことを言っている気もするが、そんなことに使う予算があれば、もっと福祉全体に使うべきではと
か、
もっと世界中に困っている人たちがたくさんいるだろうからそっちに使うべきではないのかと考えてしまう。
なので、パラリンピックとか一切見ない。