なんでも反則がNGだというなら、成り立たないスポーツもある。ハンドボールなんて反則ばっかじゃん。つかんだり足ひっかけたり、反則って基本的に故意に決まっている。偶然のものもあるが、あ~間に合わないけどいっちゃったみたいなものもあるだろう。サッカーも反則ばっかりじゃん。
スマホが普及しスマホで巷の高校の試合まで録画されネットにアップされる。それを機に、いろんな人たちがいいとか悪いとか言い出す。大学アメフトの問題は度が過ぎたので問題が大きくなったが、小さい反則を撮影して問題視することはばかばかしい。ワイドショーとか放送電波の無駄使いである。高校の草試合インターハイ出場がかかっているにしても草試合の一つにすぎん試合で多少のラフプレーがあったとして、当事者間の問題であり、社会が騒ぐことでもない。ワイドショーはそれを騒いで問題にしたいようだが、本質的な問題があるかを確認してからにしてほしい。基本的に、反則は試合の中で審判の判断により処理される。それが多少のラフプレーだろうが、国会議員の政治活動費の使途ほど汚いものはほとんどない。
このハンドボールの選手は、あいつぶっ殺すとかネットで書いていたそうだが、別にぶっ殺してないし。そんなの、子どもにありがちな暴言の類でしょ。敵同士なんだから多少あるよね。手を振り払うときに大げさにして相手をぶんなぐるとか、接触系のスポーツの常套手段じゃないか。なぜそれをいちいち問題にするのか全く理解できない。そんなにクリーンな試合だけをお望みなら、接触しないスポーツのみにすればよい。サッカーなんて持ってのほかになるよ。
暇な人たちだ。活躍すれば増え、メディアが否定的に書けば減る。踊る大衆を見ると楽しくなってしまう。これを昔はミーハーと言ったと思うが、お好きなようになさいませ。メディアに踊らされることが流行を追うことであり、それが好きな人たちがたくさんいるのである。それがメディアとしてはうれしいのだろうし、また、その状況を報道することで煽る。
踊る阿呆と躍らせる阿呆により、世の中の消費も変わっていく。経済が活性化することは喜ばしいが、私の経済にはとんと影響がない。空港にすら行けない私はテレビで残りの試合を楽しむことにしよう。
ウィンブルドンも気になるし、1回戦終わって日本人選手で残っているのは錦織選手と大坂選手である。この時期ツールドフランスもあるし、見るものには困らないが、町の自転車暴走野郎が嫌いな私はツールドフランスを見ないけどね。
今回の、最終盤は攻めに徹した日本代表だが、逆にそれを批判する人もいる。勝てば官軍であり、負ければ賊軍である。しかし、日本は特攻の国である。武士道って言うのはちょっと違う。武士道は無駄死にを奨励しているわけではない。特攻は無駄死にを美しくする。勝負に美学を求めるのが日本である。最後のコーナーキックは勝負手であり、決まってれば喝采を浴びたはずだ。本田選手は自分の運を信じたんだと思う。それを攻めたりはしない。結果がどっちに転ぶかやってみなけりゃわからない。
話は変わる。私は思うのだが、このベルギーの攻守の切り換えこそが、ハリル氏の目指したものではなかったのだろうか?あの瞬間に、ベルギーの選手全員が走り出している。時間切れを待っているのか日本選手は動きが悪い。ベルギーの選手で前線に届いたのは3人だが、その後ろに何人も続いてた。その攻守の切り換えこそが、武器となるはずだったのに、身につくどころか、やられちまった。もし、攻守の切り換えが身についていたなら、ベルギーがやることもわかったはずだ。ただ、ディフェンスが悪かったとか、攻めるべきじゃなかったとかではなく、世界レベルの戦術の理解が足りないのではないのか?仲良しクラブで自分たちのレベルで戦うのもいいだろう。選手も協会も好きにすればよい。しかし、それではわからない世界のレベルがあるんじゃない?
何度も言っているが、たまたま勝つこともあるのがサッカー。それが強豪に変わるには、チームとしての世界レベルの戦術の理解と習得が必要だ。
日本は常々先を見て日本らしいサッカーとか言いやがる。馬鹿じゃないの。先を見たら世界レベルを求めることだし、圧倒的強さがあった初めて日本サッカーという定義が生まれるのだ。その機会を失った。日本選手は、指示された戦術すらできない集団でしかない。それなのに日本らしさばかりを言う。サッカーってのは90分間ある。攻める時間も当然ある。攻めたときに点が入り、攻められたときに点が入らないこともある。そんなことに一喜一憂するようなサッカー協会幹部では先が思いやられる。
例えば、日本選手はすぐにスタメンから外される。なぜだろう。勝手に思っているが、戦術を理解せず常に自分のしたいサッカーをしようとするからだ。監督にとっては不要だ。圧倒的な力がなければ自分のしたいサッカーはできない。そうやって、いろいろな戦術を理解し身に着けたたくさんの選手が代表になって初めて世界のサッカーに対抗できる気がする。日本らしいとかわけのわからん自分に都合のよい定義を持ち出して世界レベルを求めないようでは、常に高いレベルでいられない。スペインサッカーもドイツサッカーもずーと勝ってはいられない、そういう世界なんだぜ。
ある意味、日本らしいサッカーに固執する日本は潔いので日本人には好まれる。日本代表に求めるものはそれぞれだから、感動とか潔さを求めるのなら今のままでいいんじゃないかな。