今日2018年8月22日の朝日新聞に明治時代のことが書いてあった。近代で、昭和は振り返るが、明治時代は振り返らないということだ。第二次世界大戦での敗戦に至った原因は明治時代からあると言うことだ。勝海舟氏の言葉がいくつか挙げられている。
日本は、明治維新で外国の列強を目指し奮闘した。だが、それは欧米のまねをすることに一生懸命になりすぎ、アジアの本当の協調をないがしろにしたというものだ。また、富国強兵に進むあまり、国民を犠牲にした。足尾銅山のことである。元々明治維新は武士がやったことで支配者が変わって武士と公家になっただけだ。庶民のことなどそれほど考えちゃいない。考えたことは、身内以外の氏族を平民にすることぐらいか。輸出しすぎて国内のコメがなくなったり銀がなくなったりしたことはあまり語られないが、背伸びしたことは確かだ。
それで、頑張って日清戦争に勝ってしまった。ついでに日露戦争にも勝ったような雰囲気になった。別に負けたつもりもないロシアは米国ポーツマスでの交渉でも折れることはあまりなかった。その全権だった小村寿太郎氏は、帰国後散々にたたかれた。それは、メディアからも国民からもである。そうやって、国民は勝つことに慣れてしまった。欧米のように朝鮮を併合し中国を荒した。勝利は軍は偉いという概念を植え付けた。昔の士農工商の武士は偉いと言うのと同じだ。侵略して来る敵を倒す軍は偉いが、理不尽に外国を攻める軍は偉くない。それを国民は間違えた。自国が強くて嬉しくない国民はいない。そうして勝つのが当たり前になり、負ければポーツマスになる。軍は絶対に負けられない状態になっ。日本サッカーと違って本当に負けられないんだ。負けたら国が荒れる。そうして日中戦争から太平洋戦争へおろかな軍により暴走して行くのだが、あの軍の若手士官の暴走は一体何だろうね。関東軍の辻正信氏や石原寛治氏(敬称をつけたくないが、これまでの慣習からつける)の暴走は維新の勤王の志士と同じ心意気なのかもしれないが、やっぱり無理筋なんだよね、後から見れば。それを止められなかった軍はやはり統制が取れていなかったとしか言いようがない。
勝海舟氏の言うようにしていれば今の発展はなかったかもしれないので、歴史のIFは意味がないが、明治の所業は振り返り反省はすべきである。そして、同様に新聞は自らの行いを振り返るべきである。
爆笑問題太田光氏の日大不正入学を報じた週刊新潮で、訴えられそうになっているが、今週号では開き直りしている。くず週刊誌に金を出す気はないので、中吊り広告のみの判断である。
笑い飛ばせばよかったと言うのは変な話。嘘を書いたなら嘘を書いたと言えばよい。くずは、謝罪もせずに相手を非難する。
そして、誰にでも縁故を使って不正をしたことがあるだろうとか言いやがる。世の中には頼ろうにもろくな縁故がない人間だっているんだよ。週刊新潮は、縁故による不正がはびこっているらしい。そのような出版社の記事を信用できるわけがない。
くず週刊誌のくず記者とくず編集長にうんざりだ。
買春ですなぁ。でも、買春が犯罪かどうかは国によるのでね。日本では罪だが、風俗はたくさんあるし、発覚していないが存在はしている。おばかなことに、日本選手の服を着ていたのがちょっと、ど素人だなと思う次第。インドネシアで犯罪であれば、警察に引き渡せばよい。合法なら何か問題でもあるのかな?不真面目だってだけで、特に問題ない気がするが。
売春が悪いことっていうのは幸せな世界だよ。東南アジアでもそうやって稼いで一家を支えている人だっているんだ。それは不幸なことかもしれないが、なんか手助けできるんか?お金を払ってあげる方がよほどその人たちのためになる。
ま、買う奴がいなければ売ることもできんが、もっとひどい生活になるかも知れないよ。別にいいことだと思っているわけじゃないが、すべてが悪ってことでもない。バドミントンの百田選手の賭博も合法の国では問題がない。日本はそれが許されていないから問題なだけ。海外で、すべての価値観を日本式にしても意味がないってこと。だから、現地の法に従えばよい。それが鞭打ちの刑であっても知らんけどね。