日本人はもっと戦前の戦争までの道筋や戦後の復興の歴史を学ぶべきだ。ちょっとそこは浅いドラマだったが、一連の流れはわかる。見たかったことは日米安保条約の締結理由だが、それはわかった。連合軍という名の米国に占領された日本が、いかに独立を勝ち取るか、そのために何を犠牲にしたのか、がわかる。吉田茂氏から、佐藤栄作氏や池田隼人氏、宮澤喜一氏や田中角栄氏も出て来る。子どもの麻生太郎氏も出て来る。ここまで来ると、ちょっとダメになったなって感じだが、戦後の日本を背負ってきた総理大臣たちだ。それが全て正しかったかはいろんな意見があるだろうが、占領から独立したこと、朝鮮半島特需があったものの経済発展したこと、余計な軍備に金を使わなかったことは良かったと思う。そしてちょっとどこまでが誇張かわからないが、日本人としての誇りをもって講和条約を締結したことは良かったと思う。この当時、誰も軍事力なく独立を維持できると考えておらず軍備は必要だが国民感情を名目にして米国に負担させようと言う方針が見えるのだが、なぜか現在の日本人の多くは米軍がいなくても平和だったと本気で思っている節がある。世界的に見ても永世中立国でも独自の軍隊は持っているのにである。ある意味、日本人は誰に支配されても構わない民族なのかも知れない。だが、誇りをもって主張をし独立を勝ち取った先人がいることも理解すべきだ。ただで独立できたわけではない。しかも、独立に際して米国は再軍備を求めて来たのである。軍備に関して憲法は特に問題ではないのだ。お仕着せの憲法と言うのも不正確だ。きっかけはお仕着せだったとしても、それを利用しもした。すべて日本の誇るべき歴史である。戦前も、世界に対等な国として認められようとした。それが間違って占領される羽目にはなった。行き詰って国際連盟脱退を日本国民は歓迎したんだぜ。それらが我々が学ぶべき歴史であり、神代の時代なんてどうでもいいのである。
米国の大統領選って不思議なイベントだ。ある意味、米国の縮図のような感じ。今回は中間選挙に向けた民主党の予備選挙だが、候補者間で更改討論会が行われる。これ自体はいいのだが、候補者間で相手を非難しまくるのが不思議である。過去の発言や行動を攻撃しまくり、政策の話もケチのつけまくりである。相手を非難しても自分の正当性を示すことにはならないと思うが、不思議な光景である。思えば、米国の裁判も似たところがある。検事や判事の素行が批判されて裁判が行われなくなるケースもある。愚かな国民としか思えないのだが。
話を戻して、大統領候補者間で非難をしまくるわけだが、誰ひとり穏健派に思えないし、過去の人種差別がらみの発言や行動の追求などトランプ大統領と何が違うのかわからない。嘘か本当かがわからない発言であるところがトランプ大統領の悪いところではある。でも、分断という意味では、民主党だろうが共和党であろうが、違いはないという実感だ。相手を攻撃して叩きのめす人間を選ぶのだからある意味ヘイト野郎を選ぶ選挙に見える。相手へのリスペクトがあるようには感じない。若い候補者には経験がないというのも根拠のない若者ヘイトと言えなくない。
これをすっげー特集している朝日新聞は米国の大統領選にかなりの興味があるようだ。別に他国の大統領選を事細かに書きケチをつけても知ったことではないが。
何にせよ、米国は大統領を選ぼうとするたびに差別の問題が出る。あの国が差別の国であることは間違いないことがわかる。それは毎度のことだと思うが、トランプ大統領で加速したと言うのはどうかと思うがね。隠さなくなったというのが正しいと思う。
白鵬関が、張り手やカチ上げを使うことに対して、横綱審議委員会は批判するのかしないのか、中途半端だ。ルールだから使うことが反則ではない。ただ私の期待としては、横綱はがっぷり四つでも強くあってほしいと言う理想がある。それを、横綱対決でもない明らかな格下に使うのは見苦しい。
だが、今の横綱はそういう日本人的な柔道にも言えるが、道と言うか己の精神を鍛えるとか精進と言うか美意識がなく、スポーツ選手なのである。であるから、相撲界の維持のためには国際化もやむを得ないが好きではない。横綱審議委員会が横綱の品格を言うなら、白鵬関を横綱にしてはいけなかった。今更やめさせられない。
と春場所の番付表を見ながら思った。