本日2022年11月23日の天声人語は、天声人語というコラム名の由来。

ラテン語の「民の声は神の声」が英語訳だそうだ。まあ、出す側がどう考えているかなので、あぁそぅと思うしかないのだが、英語と日本語でだいぶ違うな。

英語は、民の声として書き、民の声は天の声として聞いたほうがいいよと受け取れる。日本語はこれは天の声でありそれを人の言葉にしてやったものだと受け取れる。私は偏屈なので重箱のすみをつつくのだが、要するにこのコラムが巷の一意見なのか絶対的意見なのかという違い。日本語は朝日新聞は絶対正しいと言っているように見える。

昔は朝日新聞の主張に沿わない意見なんかもあったが、最近はない。会社の主張に当たり障りなく言いっぱなしの無責任な意見が多い。ま、コラムなんで字数も限られているので無理はある。しかし、凡庸な小ネタを披露するだけのコーナーではないのだから、もう少し納得感があってもいいじゃないか。毎日は難しいにしてもである。今回も最後は少数意見を大切にしたいというのは一見いいことを言っているように見えるが、現実的でない。議論では少数意見も大切だが、決める時には多数決にならざるを得ない。そして決まったら一旦は従わざるを得ない。それが民主主義だ。何でもかんでも少数意見に拘るのは非現実的だし、全てを考慮するのは不可能だ。朝日新聞が少数意見を持ち上げるのは自由だが、全体にとって有益かはしっかりと考えてもらいたい。大衆が気づかない意見でも意味のある意見とない意見があり、当然反論もある。何でも少数意見を取り上げりゃいいわけではないことも言って欲しいものだ。

民の声は重く重さは数で決まるのだ。数を決める前に議論に取り上げ吟味することが重要だ。それが伝わって来ない。