今日はJアラートの音の話からウクライナの空襲警報へ。インドネシアでは、地震や津波の警報で過去の被害を思い起こしパニックを起こす住民が出るそうだ。戦果のウクライナでは、空襲警報に慣れた人がいるらしい。多分一部の意見だろう。彼らはまだ戦時下であり実際に被害が続いており怖いはずなのに、慣れたと言うところだけ取り上げるのは違和感がある。自分の感情につなげたいだけに見える。つらい宿命と言う言い方はさらに他人事感を醸し出す。何が宿命なんだ?警報の音に宿命があるのか?つらいのは人なんだ。作文だけ考えるのは平和でいい。