2022年1月4日の天声人語は箱根駅伝だった。私は箱根駅伝が大嫌い。移動を妨げられた事が何度かある。商業主義化しているのも、関東の大学だけなのも気に入らない。明らかにOBの力で便宜が図られているのも嫌い。実に格差社会を象徴するような大会である。参加大学の卒業生でもないのに集まる気が知れない。留学生や優秀な選手をかき集め大学の知名度を上げようとする大学もある。予選会で成績が良ければ参加できるが、優秀な選手は関東の大学に集中する。スポンサー企業も多数あり考えられないような金額になる。スポーツにドラマは付き物、何だってドラマはある。
それにプラスして天声人語が嫌いなので、何もかも否定的に捉えてしまう。仏教など宗教の引用も多々行われるが、結局は筆者の好みの押しつけばかりだ。好きな物は良く、嫌いな物は悪く書く。それでは公共メディアとしていかがなものか?
今回の箱根駅伝では沿道応援の話題があった。野外なのに自粛も変だが、無視する人もいる。それを非難する人もいる。メディアはさほど話題にしないが、緩みは確実に出ているし緩みに対する批判もある。それを話題にしろとは言わないが、こんな時代に大学駅伝ができ、沿道に人が集まる。何ていい国なんだ日本は。まるで社会問題が無いと思えるじゃないか。私が天声人語に期待しているのは、当たり前の感想ではなく、表面からは見えない社会性なのかも知れない。今の天声人語は表面だけのミーハー記事にしか思えない。知識レベルも低い。ある意味ポピュリズムな記事になっている。それが朝日新聞社の方針な今更ながらがっかりである。