2021年9月12日の朝日新聞2面の記事である。
「最後の犠牲者」無言の帰郷という見出しがある。
彼の人となりを知ってもいいのだが、皆それぞれの家族がいて生活があるのは同じである。
その記事の中に、父親に「彼らが死ぬ必要はあったのだろうか」と問う内容がある。なんと無神経な質問だろう。未だ息子の死を受け入れられない老人に対していうことか?身勝手で、自分の記事を思う方向に誘導したいがためだけの質問だ。
はっきり言って朝日新聞は間違えている。憎むべきはテロである。米国が悪いと言いたいのかも知れないが、それと彼の死は別の次元の話だ。軍事だけでは変えられないが、軍事なくして救えるのか?何も自分たちで解決しない朝日新聞に何がわかると言うのか?
民主国家を樹立してもそれを台無しにしたのは、アフガニスタン政府である。米国のやり方も見直しは必要だが、米国だけの責任を問うために、犠牲となった米兵の父親に2週間前になくなった息子の死の必要性を問う朝日新聞が人に寄り添えるとはとても思えない。朝日新聞は言いたいことが来まっていてそのために取材をするので、人の痛みなど感じないのだろう。見出しも偏っているし、読者は注意が必要だ。