今日2021年8月11日の天声人語は、我慢と言いつつ内容は行政批判である。人出が減らないのはなぜか?メディアが大衆を甘やかすからだ。
バッハ氏が出歩こうが、大衆が出歩いていい訳ではない。選手は出歩いてはいけないが、会長は自由。別にいいと言っているわけではない。すべてを同じ基準で語ってどうするのってことだ。
現場の努力や工夫を一瞬で無駄にする報道のあり方を考えるべきだ。今日もテレビのワイドショーでは巷のおいしい店や観光地の紹介が出ている。
オリンピックは終わり、振り返りをすることが求められるが、個人を批判してはならない。日本人は反省が下手だ。くさい物にはふたしたり、死者をむち打たなかったり、草葉の陰まで持って行ったり、水に流したりする。しかも今は不寛容の時代でネット民は自分を棚に上げ重箱の隅を攻め続ける。メディアは楽をするためにそれを取り上げる。あたかも重大なことのようにである。それでは何も言えなくなる。次のために何をするかなのに、戦犯を捜し始める。自己満足のために自分基準の戦犯である。
話はそれたが、コロナ行政の現場が担当者の情熱と創意で持ちこたえているのだと今頃知った天声人語の記者に驚く。それを知ったのなら支援になる記事を書け、決して邪魔をするな。今回だけでなくである。