米国大統領選が近づくといつも思う。米国はなんと個人の人格を攻撃する社会かと言うことである。
今回もトランプ氏を非難する人は人格を攻撃する。トランプ氏は言わずもがなである。大統領に人格は必要だが、人格は攻撃しなくてもわかっているじゃないか。それを多くの人が非難する。簡単にいえば、米国は人格攻撃社会である。
オバマ元大統領夫人は、相手が低俗ならこちらは気高くと言いつつ、同レベルの言い合いをしている。トランプ氏のみならず、その支援者も低俗と言っている。この行いは高貴なのか?相手は低俗、自分たちは高貴と言うようでは歩み寄りはない。
そう言う話ではないだろう。トランプ氏の政策がどう言う問題があるのかを示すことが重要ではないか。マスコミもトランプ氏攻撃を大きく取り上げており、すでにトランプ氏ペースの選挙になりつつあるのではないかと思ってしまう。
毎度の大統領選のごたごたにはがっかりさせられる。どちらが正しいと言うわけではなく、低レベルな論戦にである。しかし結局は米国とはそう言う国だったのだと思う次第である。