たとえば、「「桜を見る会」の説明について納得したか?」と聞かれれば、当然納得していない人がたくさんいるだろう。「気にするか?」と言う問いになれば、たぶん気にする人は納得しない人より減るだろう。さらに、「選挙で政党を選択する判断基準にするか?」と問うたなら、イエスと答える人はさらに減るだろう。アンケートをどう使いたいかで、アンケートする側=発表側がアンケート内容を決める。結果、自分に都合のよいように記事を書く。
今回で言えば、多くの人が「桜を見る会」の説明に納得していないことだけを出し、政権が否定されているように書くようなことが起こる。普通の人は納得いくはずがない。どう見ても理路整然とした説明ではなく、取ってつけたような話ばかりである。政府に都合の良いことばかりである。しかし、この説明が納得がいくかということと安倍政権を支持するかということや野党を支持するかということは直接リンクしない。その他の要素が大きく、この一事だけで判断できないからだ。
アンケートの質問項目と記事で書いている内容があわせず、人を故意に誤解させる。そういうことを繰り返し、メディアは都合の良い世論を作ろうとする。メディアの思惑に誘導されてしまわないように、よくよく注意しないといけない。
今回で言えば、多くの人が「桜を見る会」の説明に納得していないことだけを出し、政権が否定されているように書くようなことが起こる。普通の人は納得いくはずがない。どう見ても理路整然とした説明ではなく、取ってつけたような話ばかりである。政府に都合の良いことばかりである。しかし、この説明が納得がいくかということと安倍政権を支持するかということや野党を支持するかということは直接リンクしない。その他の要素が大きく、この一事だけで判断できないからだ。
アンケートの質問項目と記事で書いている内容があわせず、人を故意に誤解させる。そういうことを繰り返し、メディアは都合の良い世論を作ろうとする。メディアの思惑に誘導されてしまわないように、よくよく注意しないといけない。