なぜ、大河で近現代史ドラマが受けないのか?それは、戦後の近現代史教育にあると考えている。戦後、明治維新から太平洋戦争までの日本を否定する教育を、米国の主導によってか日本の臭いものには蓋をしたがる性格からかわからないが、してきた。その結果、団塊の世代などはこの時代について日本の後ろめたい時代のような感覚を持っているような気がする。結果として、幕末までの時代が歴史ものの主体になるわけだ。しかも、日本人らしい武士道、葉隠れなどの思想が美意識を刺激する。信長や秀吉の活躍に古き良き時代を見るわけだ。これは、他の国の歴史教育と比べて、近現代史を深く教えない教育者の問題かも知れない。日教組は言わずと知れた左寄りの団体だ。こちらも、戦前の軍国教育を反省するあまりすべてを否定してしまうという、教育者にあるまじき行為を推進している。実際、薩長連合により倒幕して打ち立てられた大日本帝国政府が一方的に富国強兵の道に突き進み、調子に乗って近代化を推し進め、挙句の果てに大陸に進出したり、軍隊が政治の言うことを聞かない風潮を作り出したり、青年将校の暴走を肯定したりして負の歴史を作ってしまったのは事実であるが、それを教えることによって次の世代に歩むことが必要だ。今回の「いだてん」のように、たくさんの世界に誇れる日本人がいたのも事実であるのに、それも含めて戦前を全否定するような教師に教える資格はない。ただ、臭いものには蓋をするような教育は、今の国会を見てもわかるように隠す方向に思考を向ける。教育を誤れば、韓国のようなねつ造した歴史を信じることになる。そうならないように、戦前にあったことを正しく教えることが教師の務めだろうに。
今の日本があるのは、戦後の人間だけの力ではなく、戦前・戦中も含めたあらゆる日本人のお陰であることを忘れてはならない。ただし戦犯もいるので、注意が必要だ。戦犯とは東京裁判で裁かれた戦犯というよりは、日本として本当の意味での戦犯である。しない選択もあった戦争をしたことに間違いはないのだから。そういう時代を経て、今の象徴天皇がいて、平和な日本がある。今、現役の人間に戦争体験者はいないと思うのだが、なぜ冷静になれんのかね。