チョ・グク法務部長官が辞任した。今、辞任するぐらいなら、最初に待った方がよかった気がするが、今更である。検察との間で何か裏ネゴができたのかもしれない。裏ネゴをしないような検察庁長官だったはずだが、検察の権限縮小とのバーターであれば応じる可能性もある。どうも、文大統領は判断が甘いように見える。韓国国民の反応は日本人の私には理解できないことも多いが、強行すべき任命だっただろうか?
それに、日本ではよく報道されているが、韓国大統領府がやろうとしている検察改革は、掛け声は素晴らしいが、中身は自己保身に見えてしまう。
検察が政府と独立しているというのはいいことなのに、独立性を奪ってしまうような内容に見える。もしかすると、韓国国民がそう思い始めたのかも知れない。報道では、特権階級を批判していたのに自分たちが特権を駆使していたことへの反感が大きな理由のようだが、韓国も日本もそういう点では変わらないなぁ。旧民主党が政権を取った瞬間に国民を忘れて自分たちの力だと思ってしまったようにである。余談だが、鳩山氏には対韓国謝罪大使として、韓国にずっといてもらいたいものだ。もはや日本国籍も必要ないだろう。言い過ぎかなぁ。元総理大臣という肩書をはく奪できないのが困る。韓国の方には彼が謝罪をし続けるのでそれで我慢してもらいたい。
さて、流石に困ったのか、文大統領は大嫌いな安倍首相に台風被害のお見舞いを伝えてきている。外交儀礼かも知れないが、態度が変わってきたようにも見える。即位の礼は韓国の首相が来るようだが、安倍首相と会うようだ。安倍首相には、同じ発言を繰り返すのではなく、話し合いをしてもらいたいものだ。日本の主張を言うことには問題がないし言うべきだが、自由主義連合に残るのであれば疎遠にすべきではない。協議の場はあってもよいのではないだろうか。私は、韓国の都合がよい外交が大嫌いだが、嫌いなのと付き合わないのとは違う。嫌いでも付き合う必要は社会ではある。あまり邪険にし過ぎるのも日本が悪者に見える。ここらで一度は手を差し伸べ、態度が変わってなければ再度邪険にすればよい。
文大統領の汚いところは、自分で判断しないことだ。徴用工でも慰安婦でも人が決めたことは否定する。自分が判断したと言わずに、慰安婦や徴用工の個人の意見でこの取り決めを否定したことにする。物事は全員を満足させることはできない。その中で調整をして落としどころを探すのが政府の役割である。そういう努力を一切せず、個人的な正義を振りかざす。結果として誰も満足できない結果を導きまた人のせいにする。こんな国家元首見たことないね。あちらこちらで日本の悪口を言いながら話し合いをって言われても信用できないのだが、それがなぜわからんのか。