こんなんだったら展示を中止する必要はなかった気がする。大したことがあったんだろうか?
身分証明書も必要で、1日2回で1回30人整理券配布、事前にエデュケーションプログラムを実施し説明員付き。これは厳重で事故はないかもしれないが、見る人も限られてしまうな。
SNSに上げない誓約書と動画禁止。通常は映像は禁止な気もするが、現代美術では画像や動画を勝手にとってもいいのかな。SNS禁止は実効性があるのかな、身分証明書で身元がばれているからできないか。プラスの発信もなくなるがなぁ。
脅迫は警察に。これは当たり前だから。苦情電話は10分で切断。専門窓口以外では1分で切断。これも決めればできること。苦情の電話は叩き切っていいということだから、ただ10分で切ればよいだけだろうに。システム的に切ろうが人為的に切ろうが何とでもなりそうだ。
最近は実行委員長の大村知事が前面に出て、津田芸術監督は出てこない。ま、立場も違うからな。最後に全展示が揃ってよかったが、結局何も解決したわけではない。交付金の不交付問題もこれからだし、河村市長の発言についても問題は残っている。私はどっちが良い悪いというわけでもなく、揉めごとが残っていると思っている。全く現代芸術に興味がない。わからない、理解できない、楽しくない、でもえらっそうだ。作者に政治的主張があってもいいのかもしれないが、それを展示したがる奴も同じ政治思想なんだろうか?現代の芸術に社会風刺はつきものだと言う。今回の作品は社会風刺だろうか?社会風刺って、ある程度共感を得るものだと思うし、社会の誰もが感じている不条理を表現するものだと思う。今回の作品がそうなんだろうか?今や反日の象徴となっている少女像を展示することが社会風刺だろうか?展示する側は何を意図しているのだろう?社会の分断を煽りたい?作者は、見た人が何を感じ何を考えるかが重要というが、ただの逃げだよ。作品は意図をもって作られている。しかし、自分の意図と違う伝わり方をすることもある。それと意図をぼかすことは違うことで、無責任だ。
今回の展示の最も私が嫌いな点は、作品の主張と言うより企画者の主張が稚拙なことだ。何よりも自分の主張に酔っているようで、独りよがりな点かな。
当然見たいと思う人や良い企画だと賛同する人もいるのだろう、それこそ表現の自由である。