未だにくすぶる、あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展~その後」問題。展示が再開されないのだが、会期がいつまでかなっと思ったら、8月1日から10月14日までだ。いや、長い間やる予定だったのね。それで、3日で展示中止かぁ。もめ続けるのもわかるなぁ、今からでも展示再開できれば、半分ぐらいの期間はあるってことか。いやいや、もうすっかりこのネタは下火になったかと思っていたよ。現代芸術は全くわからないので興味もないんだけどね。何度もこのネタはやめとこうと思って、また書いちゃった。
名古屋市が3000万円の支払いを拒否することは良くないと思う。あいちトリエンナーレは、それだけの展示ではないし、限定的な一部の展示に不備があったから支払わないということは行政として如何なものか。しかも要望通りに展示中止になっている。国もまたしかりである。全体的には芸術
祭として成り立っているのだから問題なかろう。振り返るとか経緯を調査することは別のことだ。
表現の不自由展は、芸術性がわからないと毎回書いているが、やっぱりわからない。表現すれば芸術ってわけでもなく、どこかで評価されても別のところでは評価されないのが芸術だ。で、こういうところに芸術性があるという紹介もほとんどなく、展示されなかった経緯を強調するのは、私は芸術作品の展示だとは思わない。ただでさえ分かりにくい現代芸術なのに、内容もろくに説明せず難しい観念的な表現で説明されても、なんのことやらさっぱりである。なので、展示は失敗だと思っている。芸術を語るなら芸術性を強調すべきなんだろうに、そこが抜けている。芸術を見せると言うよりは、展示拒否された作品群で、展示拒否した側を非難するための展示だろう。観客を置き去りにした感じは否めない。だから望み通り炎上した。もっと言うと、作品は日本で拒否されたものばかりで、例えば韓国で拒否されたものはなかったのか?とか思ってしまうのである。この展示は工夫が全くないのである。
これは一体誰の表現の自由だ?作品は他では展示されいてる。表現は自由にされている。結局、企画側の言いたいことを示す展示であって、芸術の展示ではないのだ。ここに展示された作品群は「表現の不自由展~その後」の企画者に利用されたのだ。また、TVメディアの報道は作品の芸術性については何も評価していない。これはメディアとしては如何なものかと思う。企画サイドが会見をしているのだが、その場所が日本外国特派員協会という場所だということが、日本のマスコミへの信頼のなさを示していて興味深い。
私のような芸術のわからないものにとっては、芸術を強制されるのはまっぴらごめんである。どっちみち展示には行かないが、地元の人は芸術に興味があろうがなかろうが行くだろう。中には拒絶反応を起こす人もいるだろう。それはそれで仕方がない。脅迫はいかんよ。この件でなく、何でもすぐに脅迫するこのネット社会は問題だ。特にその気もないのに脅迫だけする奴はネットダストですな。無視していいんじゃないだろうか。河村市長や菅官房長官が芸術に造詣が深いなんて絶対ないじゃん。無視していいんじゃないだろうか。
ところで、思ったより展示再開運動が盛り上がっていないと思うのだが、そんなことはないのだろうか?新聞やテレビが報道しなくなったので、全然わからない。今日2019年9月3日の朝日新聞に久しぶりに記事があったので思い出したのだが、どういう状況なんだろうか?もうそろそろみんな興味を失った頃なので、展示を再開してみたらどうだろうか?炎上したらまた中止にすればよい。10月の最後の2週間電撃的に再開してフィナーレに逃げ込むという手段も考えられる。これなら八方収まるんじゃねーの?
名古屋市が3000万円の支払いを拒否することは良くないと思う。あいちトリエンナーレは、それだけの展示ではないし、限定的な一部の展示に不備があったから支払わないということは行政として如何なものか。しかも要望通りに展示中止になっている。国もまたしかりである。全体的には芸術
祭として成り立っているのだから問題なかろう。振り返るとか経緯を調査することは別のことだ。
表現の不自由展は、芸術性がわからないと毎回書いているが、やっぱりわからない。表現すれば芸術ってわけでもなく、どこかで評価されても別のところでは評価されないのが芸術だ。で、こういうところに芸術性があるという紹介もほとんどなく、展示されなかった経緯を強調するのは、私は芸術作品の展示だとは思わない。ただでさえ分かりにくい現代芸術なのに、内容もろくに説明せず難しい観念的な表現で説明されても、なんのことやらさっぱりである。なので、展示は失敗だと思っている。芸術を語るなら芸術性を強調すべきなんだろうに、そこが抜けている。芸術を見せると言うよりは、展示拒否された作品群で、展示拒否した側を非難するための展示だろう。観客を置き去りにした感じは否めない。だから望み通り炎上した。もっと言うと、作品は日本で拒否されたものばかりで、例えば韓国で拒否されたものはなかったのか?とか思ってしまうのである。この展示は工夫が全くないのである。
これは一体誰の表現の自由だ?作品は他では展示されいてる。表現は自由にされている。結局、企画側の言いたいことを示す展示であって、芸術の展示ではないのだ。ここに展示された作品群は「表現の不自由展~その後」の企画者に利用されたのだ。また、TVメディアの報道は作品の芸術性については何も評価していない。これはメディアとしては如何なものかと思う。企画サイドが会見をしているのだが、その場所が日本外国特派員協会という場所だということが、日本のマスコミへの信頼のなさを示していて興味深い。
私のような芸術のわからないものにとっては、芸術を強制されるのはまっぴらごめんである。どっちみち展示には行かないが、地元の人は芸術に興味があろうがなかろうが行くだろう。中には拒絶反応を起こす人もいるだろう。それはそれで仕方がない。脅迫はいかんよ。この件でなく、何でもすぐに脅迫するこのネット社会は問題だ。特にその気もないのに脅迫だけする奴はネットダストですな。無視していいんじゃないだろうか。河村市長や菅官房長官が芸術に造詣が深いなんて絶対ないじゃん。無視していいんじゃないだろうか。
ところで、思ったより展示再開運動が盛り上がっていないと思うのだが、そんなことはないのだろうか?新聞やテレビが報道しなくなったので、全然わからない。今日2019年9月3日の朝日新聞に久しぶりに記事があったので思い出したのだが、どういう状況なんだろうか?もうそろそろみんな興味を失った頃なので、展示を再開してみたらどうだろうか?炎上したらまた中止にすればよい。10月の最後の2週間電撃的に再開してフィナーレに逃げ込むという手段も考えられる。これなら八方収まるんじゃねーの?