なんども書いているかもしれないが、全然わからない。貧乏な人が金持ちを襲うのは理解できるが、他の宗教を攻撃することに何の意味がある?世界は戒律が楽な宗教に向かっているのだ。
戒律が厳しい宗教は連帯感を保つのが困難な時代だろう。なにせ戒律に根拠がないからね。それでもその宗教を維持しなければならない人たちがいて、楽になりたい人たちを巻き添えにする。宗教ってのは人の心を楽にするものだと思っているのだが、何か人を攻撃すると楽になるのだろうか?
結局、戒律が厳しかろうが、緩かろうが、金持ちは金持ちになり、貧乏な人は貧乏なままだ。貧困を何のせいにするかで、先が決まる。貧困をユダヤ人のせいにしたのがナチスドイツである。これは一理あるが、人道的には無茶苦茶である。これまでは宗教は死後の世界に救いを求めることで人々の支持を得てきたが、もはや死後の世界が存在しないと誰もが思うようになった。だから、余裕のある人には意味があるが、貧乏な人には宗教の存在価値はほぼなくなってしまった。生きている間に逆転はできないだろうし、死後の世界は存在しない。
となれば、宗教を利用して一獲千金を求めるか、どうせ死ぬんだから爆弾抱いて突っ込むかである。それは宗教の存在価値を否定することに他ならない。自爆テロをする宗教は滅びに向かっているのだ。