日本人はなぜ席を譲らないのかと言う記事があった。なんだろう、グローバルスタンダードって。日本人は元々男尊女卑の世の中だから、レディファーストってないんだよね。姥捨て山の世界もあるし、働かざる者食うべからずって百姓では口減らしも多かったし、障碍者に対しても保護する習慣はなかった。欧米でもすべての人がそうではないと思うけど、なぜかレディファーストな世の中である。その手の人には不評だろうけど、ある意味、魔女裁判の反省な気がするよ。騎士道ではレディファーストだが、武士道では三歩下がって歩くべしで女性を前に出すよりも男を立てる女性が好まれる。別にだからと言って、どうなんだと言うことである。文化の違いは否めない。
グローバルスタンダードだから、海外のマナーに合わせるべしとか言うのは自由。オリンピックだからと言って恥ずかしいという意見もあるようだが、恥ずかしくはない。恥ずかしいと思うのは、悪いことだと思っているからだろうが、別に悪いことではない。男女平等とも関係がない。明らかに平均的に女性の方が体力が劣っている。
キリスト教では、聖母が大事にされる。なぜなら、キリストの誕生に父親は必要ないからだ。日本にも観音様(女性なんだろうか)とか女神さまはいるが、天照大神も女神のような気がする。女性の神はいるのだが、守ってあげる必要はない存在だ。むしろ崇める対象である。天皇も女性が何人もいた。武士の世界になってから男性優位社会になったような気がする。戦いは男の仕事であったからだ。今の日本人男性は男性優位を失うことを恐れている。ことごとくそういうマイナス思考により、人を積極的に助けることもしないのである。
ちなみに、すべての外国人が席を譲るわけではない。でっかい荷物を無理やり持ち込んで居座り続ける外国人もいる。日本に慣れた外国人は席を譲ることもない。要するに習慣によるのである。
席を譲る習慣で優劣を諮ることもないが、まねした方がよいことはまねすればよいが、果たして良いことなのか。電車の中で余裕のない人間が多いことは私も常々感じているし、スマホができてさらにひどくなったことも理解している。スマホをいじるために人を押しのけ、場所を確保するようになった。甚だ迷惑なことだ。その中でベビーカーを乗せて安全に乗れるだろうか?その周りの人は気を遣わずにはいられないだろう。日本の電車は速度が速いし、よく止まる。緊急停止も日常茶飯事だ。そのような状態で満員電車にベビーカーで乗るべきだろうか?障碍者が乗るべきだろうか?みんな遅刻をしたくないし、日本の社会は遅刻を許さない。一本電車を譲ることも精神的にはストレスだろう。そういう状態の満員電車に乗るべきだろうか?本当にこの記事を書いた人たちは満員電車に乗ったことがあるのだろうか?つぶされて死にそうな目にあったことがあるのだろうか?毎日の通勤で自分の身を守るので精いっぱいの状況にある人もいる。それがいいことではないが現実だ。席を譲る日本人もいるから、すべての人が同じではない。多いか少ないかの問題である。
結局何が言いたいかと言うと、どうでもいいんじゃないかということだ。郷に入りては郷に従えで日本へ来たら日本の文化になじめばよい。いつか外国のマナーをまねることになるとしてもかなり時間がかかるだろうし、それがいいかどうかもわからない。グローバルに仕事をする人は好きなようにグローバルスタンダードになればよい。