元号は記念的なものだから実行上はあまり意味がない。でも日本の文化だし、否定するものでもない。公式には西暦を使う方が左右されなくて楽だし記録上残るものは西暦の方が都合がよいだろう。
ここで、元号を天皇制と結び付けて悪とする意見があるが、頭が悪いとしか思えない。しかも天皇制=戦争といういかにも短絡的バカ思想を唱える教授とかいるので驚く。
歴史をよく見れば、鎌倉幕府以降、ほとんどの時代は武家が支配している。明治大正昭和も実際には武家出身の政府で政治は進められている。天皇制だから戦争していたと言うのは間違いで、天皇がいても徳川幕府は二百数十年間平和だった。明治になって天皇の存在が大きくなったが、政治をしているのは政府である。秀吉の朝鮮出兵も天皇は関係ない。日清戦争も日露戦争も中華事変(日中戦争)も政府と軍人がしでかしたことだ。天皇=戦争ではない。
元号は、天災とかがあるとげんを担いで変更されることが多かったが、明治以降は一天皇=一元号となった。天皇がいるから戦争がおこるわけでもないのに、戦争を天皇制にし挙句の果てに元号を否定するとは愚かである。このような教授に学ぶ学生は災難としかいいようがない。
元号は不便、これはその通りである。元号は日本古来の文化、これもその通りである。これを残すのか残さないのかの議論が高まることもなく進んでいるのは、別に問題となりえないからだ。問題と思っている人間はこの一般の人々が問題と思わないことも気に入らないので過激になる一方だ。
一般参賀を見ても、それなりに愛されている皇室である。税金の無駄と言う見方もないわけではないが、日本の文化ということ面もある。歴史のある王室がある国というのも別に悪くない。たかだか数百年の欧州に比べ、少なくとも千年は続くのである。しかもほとんどの期間が祭り上げられた権威で実験を持っていなかったのだ。大したものではないか。
戦前までは、天皇の威光を借りて何かをしでかすことができたが、戦後はそれも不可能になった。現状を否定する理由はないような気がするし、天皇に励まされて元気が出る人々がいる限り存在に意味はあると思うのだ。
ともあれ、次の元号は楽しみである。短い言葉にその時代時代に意味が込められている。逆に元号を誇りに思って何が悪いのか。それと戦争がつながることはないよ。
ここで、元号を天皇制と結び付けて悪とする意見があるが、頭が悪いとしか思えない。しかも天皇制=戦争といういかにも短絡的バカ思想を唱える教授とかいるので驚く。
歴史をよく見れば、鎌倉幕府以降、ほとんどの時代は武家が支配している。明治大正昭和も実際には武家出身の政府で政治は進められている。天皇制だから戦争していたと言うのは間違いで、天皇がいても徳川幕府は二百数十年間平和だった。明治になって天皇の存在が大きくなったが、政治をしているのは政府である。秀吉の朝鮮出兵も天皇は関係ない。日清戦争も日露戦争も中華事変(日中戦争)も政府と軍人がしでかしたことだ。天皇=戦争ではない。
元号は、天災とかがあるとげんを担いで変更されることが多かったが、明治以降は一天皇=一元号となった。天皇がいるから戦争がおこるわけでもないのに、戦争を天皇制にし挙句の果てに元号を否定するとは愚かである。このような教授に学ぶ学生は災難としかいいようがない。
元号は不便、これはその通りである。元号は日本古来の文化、これもその通りである。これを残すのか残さないのかの議論が高まることもなく進んでいるのは、別に問題となりえないからだ。問題と思っている人間はこの一般の人々が問題と思わないことも気に入らないので過激になる一方だ。
一般参賀を見ても、それなりに愛されている皇室である。税金の無駄と言う見方もないわけではないが、日本の文化ということ面もある。歴史のある王室がある国というのも別に悪くない。たかだか数百年の欧州に比べ、少なくとも千年は続くのである。しかもほとんどの期間が祭り上げられた権威で実験を持っていなかったのだ。大したものではないか。
戦前までは、天皇の威光を借りて何かをしでかすことができたが、戦後はそれも不可能になった。現状を否定する理由はないような気がするし、天皇に励まされて元気が出る人々がいる限り存在に意味はあると思うのだ。
ともあれ、次の元号は楽しみである。短い言葉にその時代時代に意味が込められている。逆に元号を誇りに思って何が悪いのか。それと戦争がつながることはないよ。