神対応とか最近よく言われる。神の値打ちも下がったもので、何でも神だ。これもネットで極端な表現をしないと目立たないためか。大したことでもないのに、神だとか表現力のなさが際立つ。感謝するのはいいけれども、関係ない人間多数がその行いを評価するなんてよいことはない。当然逆に関係ない人間多数が誹謗中傷することもある。極端でないと目立たない表現の貧しい人たちがこういう表現を多用し、簡単だから誰もがまねをする。何でも神、あっちでも神、こっちでも神、神でないと称えられない。普通の人間の所業から逸脱しているわけではないので、神はどんどん価値が下がっている。もはや悪くない程度にしか思えなくなってきた。題名を見て中身を見ると「これが神?」って内容が溢れすぎている。
言葉の使われ方は変わっていくものなので、こういうことも仕方のないことかもしれない。ネット世界になって拡散が早まったせいか、安易な拡散と収束が繰り返されている。過激さはさらなる刺激を求める。それを理解していないと巻き込まれるだけだ。そして、大したことのない内容があたかも奇跡のように感じてしまうことになる。