ちょっと前昨日かなの朝日新聞に討論の重要性を論じる記事があった。他者の批判しかしない朝日新聞の記事である。そう思っているなら、そう実践することが重要だ。メディアの役割は討論を促すことにあるなら、世論を誘導するような記事は避けてもらいたいものだ。疑問を投げかけていると言えば言えなくもないが、根拠を示さない疑問は一般人と変わらない。根拠がないから正しいとも言わない。感情論が主体である。
朝日新聞が討論を促したいと思うなら、まずは、自社の文春や読売新聞の批判をやめることだ。そのうえで、討論ができる情報を提供することだ。いくら高校野球の時期だからと言って、一面が高校野球はないだろ。いくら100周年で自社の主催であってもだ。そこが朝日新聞の優先順位の程度なのだ。仮に高校野球の在り方の議論があったとして、それは全国紙としては優先度が低い課題だと思う。
討論を紙面で実施するのは難しいと思うのだが、疑問の提起だけでは議論にならない。他者の批判を受ける前提で主張する姿勢がないと誰も討論しない。今の朝日新聞は上から目線の問題提起が主体であり、朝日新聞を中心に討論する気にならない。もし、朝日新聞が討論の場を目指すのであれば、そこらを改善しないと結果的に一面的な討論になるだろう。ただの結論ありきの仲間内の議論で、飾りの反対意見が少々で今と変わらんことになる。それを打破することができれば私としては面白い。社内の記者で言い合うのでもよい、意味のある討論を見せてもらいたい。