昨日NHKのBSプレミアムでやってたので、見た。阿南陸相が自決したことは賛否両論である。東條英機元首相は自殺に失敗してその後東京裁判を戦った。結局は死刑になったが、東京裁判を戦い抜いたことは価値がある。そういう意味では、それ以前の日本の責任の取り方は始末に負えなかった。ただ、阿南元陸相は、終戦を実現した大臣の一人であり最も厄介な陸軍をおさえきったことは確かである。
この映画を見ると(見なくてもわかっていたことだが)、いかに大本営や海軍軍令部が国や国民のことを考えていないかがわかる。陛下のためといいつつ戦争したいだけ、潔く死にたいだけでしかない。特に中央の若手将校は前線の苦難を知っていたのか、甚だ疑問である。戦うにしても武器も弾薬もなく、食料もなく、餓死や病気で死んでいった兵士は元は普通の国民である。国民を守るはずの軍隊は国民を犠牲にして自分たちのためだけに戦い続けた。戦争の始まりもそうだった。国際的な力関係を認めず、日本の国力を顧みず精神論で勝てると考えてしまう。やがて上層部は若手将校を抑えきれなくなる。なぜなら自分たちがそう教育してきたからだ。自分たちが精神論で若手を育ててきた手前、精神論を否定できなくなっている。クーデターを提案する若い将校に「その意気や良し」とかわけのわからないことを言う。結果、何人もが死んだ。この軍の統率のなさは、盧溝橋事件や柳条湖事件などを起こしたものたちをきちんと処罰しなかったことにも起因する。阿南陸相自身過去に独断専行して玉砕したが処罰されなかったそうだ。
とはいうものの、すべて結果論である。今から考えたらバカげたことが当時は正しいと信じられていた。そういう時代だったのだ。
今と昔の違いは、今の日本では情報を自由に得ることができることが大きい。独裁的な国は必ず言論統制を行っている。中国も北朝鮮もそうだ。ロシアも完全に開かれている気はしないし情報操作の国である。アフリカは情報を得る手段の確保が大変だ。日本は自由に情報を得ることができ、自分で判断することができる。当時の日本は大本営発表と言う、軍部に都合の良い情報しか与えられなかった。新聞も検閲されたり書かなかったりで事実を知ることは容易ではなかった。今はそうではない。もし、日本で情報統制が行われるようになったならそれは注意をしなければならない。政府が少し隠す程度の問題はたかだか知れているし、漫画や番組は著作権侵害だからNGだ。そういうことではなく、情報の検閲が行われるようになるなら断固阻止しなければならない。
この映画を見ると(見なくてもわかっていたことだが)、いかに大本営や海軍軍令部が国や国民のことを考えていないかがわかる。陛下のためといいつつ戦争したいだけ、潔く死にたいだけでしかない。特に中央の若手将校は前線の苦難を知っていたのか、甚だ疑問である。戦うにしても武器も弾薬もなく、食料もなく、餓死や病気で死んでいった兵士は元は普通の国民である。国民を守るはずの軍隊は国民を犠牲にして自分たちのためだけに戦い続けた。戦争の始まりもそうだった。国際的な力関係を認めず、日本の国力を顧みず精神論で勝てると考えてしまう。やがて上層部は若手将校を抑えきれなくなる。なぜなら自分たちがそう教育してきたからだ。自分たちが精神論で若手を育ててきた手前、精神論を否定できなくなっている。クーデターを提案する若い将校に「その意気や良し」とかわけのわからないことを言う。結果、何人もが死んだ。この軍の統率のなさは、盧溝橋事件や柳条湖事件などを起こしたものたちをきちんと処罰しなかったことにも起因する。阿南陸相自身過去に独断専行して玉砕したが処罰されなかったそうだ。
とはいうものの、すべて結果論である。今から考えたらバカげたことが当時は正しいと信じられていた。そういう時代だったのだ。
今と昔の違いは、今の日本では情報を自由に得ることができることが大きい。独裁的な国は必ず言論統制を行っている。中国も北朝鮮もそうだ。ロシアも完全に開かれている気はしないし情報操作の国である。アフリカは情報を得る手段の確保が大変だ。日本は自由に情報を得ることができ、自分で判断することができる。当時の日本は大本営発表と言う、軍部に都合の良い情報しか与えられなかった。新聞も検閲されたり書かなかったりで事実を知ることは容易ではなかった。今はそうではない。もし、日本で情報統制が行われるようになったならそれは注意をしなければならない。政府が少し隠す程度の問題はたかだか知れているし、漫画や番組は著作権侵害だからNGだ。そういうことではなく、情報の検閲が行われるようになるなら断固阻止しなければならない。