稲田防衛大臣は「教育勅語の精神である親孝行など、核の部分は取り戻すべきだと考えており、道義国家を目指すべきだという考えに変わりはない」と述べた。これについて、共産党の志位委員長「現在にも通用する徳目が書かれていると言って、教育勅語を肯定する議論があるが、教育勅語の本質を全く知らない無理解から生まれているものだ。全部の徳目の結論は、いったん事が起これば、天皇のために命を投げ出すという究極の命題につながっている」と言ったそうだ。民進党も、蓮舫代表が、「教育勅語は衆院で昭和23年6月に排除決議がなされている。稲田氏が院の決議の重みを十分踏まえた認識を持っているか大きな問題だ」と言ったそうだ。

森友問題で教育勅語を暗唱しているとかからこういう話になったのだろうか?
国会の論議はよくわからないなぁ。なんで防衛相が今、教育勅語に対する考えを国会で述べてんのかね。それに対する共産党・民進党の意見も過剰反応な感じもある。直接の会話ではなく別の場での意見なので国会でやりとりされたわけではないが、稲田防衛相の発言の前後が報道されないのでよくわからない。
なんてのかねぇ、親孝行って儒教的な考えの気がするが、別に悪い考えではない。教育勅語にあるから悪いってもんでもないが、教育勅語にあるから良いってものでもない。親孝行するもしないも自由だが、親孝行する社会を目指しましょうということには賛否あるだろう。国家がわざわざ法制化することかと言う議論もある。しかし、過去のものにとらわれると問題の本質がわからなくなる。日本の国会が過去に誤った判断をしたことが無いというわけでもないし、価値観は時代とともに判断は変わっていく。教育勅語の是非よりも、道義国家とは何か?の方が気になるのだが。
今の共産党も過去にはいろいろあったことで、必ずしも道義的でなかった時代があるだろうし、今時どんな思想・信条を持っていても自由なのでね。回りくどい理屈をつけて人間性を責めるより、資質や施策事態を論議した方がいいんじゃないかね?民進党ももとは自民党だったりするので、代表の意見が代表しているかどうかも疑わしい。
それとも、稲田防衛相というのは、危ういこととか食いつきやすいことを発言することで、野党やメディアの矛先を変える役目を担っているのかね?それならすっごい微妙な嗅覚と言うかセンスと言うかを持っている人になるのだが。安倍首相が書いた筋書きを完璧に演じる役者なのかもしれない。

それと森友学園をお考えの方は、その教育方針について考えた方がよいだろうね。共鳴できるなら行けばよいが、共鳴できないならやめた方が良い。主張が明確なだけに判断しないと後で困る。