大きな災害や殺人事件で遺族が、死んだ人があたかも何かを解決するのをまっているように言うことがある。
例えば、「遺体が見つからないと成仏できない」とか「被告が反省しないと成仏できない」とか「被告が反省するを待っている」とか「2度と同じことが起こってほしくないと思っている」と言う。
ないない、そんなことはない。死んだら終わりなんで、死者はな~~~んにも思っていない。思っているのは、遺族や生存している関係者である。
それが被害者の願いとか、自分の願いを言葉を変えて言っているだけ。多くの人は気づいているが、そう言われると反論できない雰囲気になるだけ。
別にそういう人を責めはしないけど、「あぁ自分がそうして欲しいんだな」と思っている。特に、殺人事件や避難の仕方の問題で、被告に対して反省をしてほしいと言い出したら長引く。反省をどういう風にしたら納得するのか答えがない状態となる。だって、死んだ人が満足するかどうかって生きている人が判断するのだけど、死者の判断のつもりだから厳しい方に倒れる。納得したら死者に申し訳ないような気持になるので長引く。
例えば、「遺体が見つからないと成仏できない」とか「被告が反省しないと成仏できない」とか「被告が反省するを待っている」とか「2度と同じことが起こってほしくないと思っている」と言う。
ないない、そんなことはない。死んだら終わりなんで、死者はな~~~んにも思っていない。思っているのは、遺族や生存している関係者である。
それが被害者の願いとか、自分の願いを言葉を変えて言っているだけ。多くの人は気づいているが、そう言われると反論できない雰囲気になるだけ。
別にそういう人を責めはしないけど、「あぁ自分がそうして欲しいんだな」と思っている。特に、殺人事件や避難の仕方の問題で、被告に対して反省をしてほしいと言い出したら長引く。反省をどういう風にしたら納得するのか答えがない状態となる。だって、死んだ人が満足するかどうかって生きている人が判断するのだけど、死者の判断のつもりだから厳しい方に倒れる。納得したら死者に申し訳ないような気持になるので長引く。