また極論なんだが、世界の人口も日本の人口も増えすぎていると思う。
最近のいじめ問題や自殺の増加や変な事件(殺傷事件や殺人)の増加は、人口増加によるストレスの増加によるものではないかと考えている。それは、アフリカの紛争が絶えないのも同じ理由と考える。限られた地域の限られた資源に対して人口が多くなれば、淘汰されるのが自然の摂理である。ある意味で定期的な戦争はその問題を抑制していた。以前は民族対立や国家間の対立であったが、最近は貧富の間での対立に変わってきているように思う。たとえばトランプ氏の極論が大衆に受けたのも、同じ国民同志での憎悪によるもので、生存競争の自然の摂理に基づくものとも言える。
セックスレスも同じく、LGBTも同じである。LGBTは一部を除き、種の保存本能による性ではない。人口を増やさない悦楽や精神を満足させるためだけの性である。これを人権だか何だかいうのは構わないが、結婚を認める必要はないと思う。税金をつかってまで保護する必要はないと思う。少子化を促進しているようなものだからだ。医療が進めば子孫を残せるようになるかもしれないが、遺伝子操作に向かうだけだ。
増えすぎたこと、貧富の差が覆らないことから、人々はいずれ爆発する。それがすぐか100年後かはわからないが、何らかの事故が起こり人口を減少させることになる。
自然の変調もまた一つの事前淘汰と言える。どんどん温度上昇が進むと、人類の生存可能な世界が縮小していく。それにより淘汰が進む。進まなければ溢れる。溢れたら争いが起こる。その争いの大きさと内容により人類の生き残る可能性が変わることになるだろう。
最近のいじめ問題や自殺の増加や変な事件(殺傷事件や殺人)の増加は、人口増加によるストレスの増加によるものではないかと考えている。それは、アフリカの紛争が絶えないのも同じ理由と考える。限られた地域の限られた資源に対して人口が多くなれば、淘汰されるのが自然の摂理である。ある意味で定期的な戦争はその問題を抑制していた。以前は民族対立や国家間の対立であったが、最近は貧富の間での対立に変わってきているように思う。たとえばトランプ氏の極論が大衆に受けたのも、同じ国民同志での憎悪によるもので、生存競争の自然の摂理に基づくものとも言える。
セックスレスも同じく、LGBTも同じである。LGBTは一部を除き、種の保存本能による性ではない。人口を増やさない悦楽や精神を満足させるためだけの性である。これを人権だか何だかいうのは構わないが、結婚を認める必要はないと思う。税金をつかってまで保護する必要はないと思う。少子化を促進しているようなものだからだ。医療が進めば子孫を残せるようになるかもしれないが、遺伝子操作に向かうだけだ。
増えすぎたこと、貧富の差が覆らないことから、人々はいずれ爆発する。それがすぐか100年後かはわからないが、何らかの事故が起こり人口を減少させることになる。
自然の変調もまた一つの事前淘汰と言える。どんどん温度上昇が進むと、人類の生存可能な世界が縮小していく。それにより淘汰が進む。進まなければ溢れる。溢れたら争いが起こる。その争いの大きさと内容により人類の生き残る可能性が変わることになるだろう。