ヘイトをヘイトする集団も嫌いだ。

ヘイトデモをしようとした集団が、
ヘイトデモをやめさせようとする団体に囲まれデモを中止した。

何かすごい違和感がある。
ヘイトスピーチやヘイトデモがいいと思っているわけではない。
ただね、やめさせる側の集団が強すぎるというのも何かどうなのって感じ。
よく集まるよね。暇な人たちだ。
私は無視するのが一番と思っているし、
はけ口をなくした方がもっと困るかなと思っている。

ヘイトを失くすのは、相互に理解することが重要で、
集団の力を使ってやめさせることがいいとも思わない。
ヘイトがあるのにないように抑え込むことは、より過激な集団を生み出す可能性がある。
日本人の潔癖さは両方につながり、極化しやすいので注意した方がよい。

もうちょっと言うと、私がおかしいと思う方もいるだろうが、
ヘイト禁止は、ヨーロッパの変な法律だと思っている。
こんなことを禁止する法律があることが問題の根深さを物語っている。
日本もヘイトがないわけじゃない。でもね、ヨーロッパの方がよっぽどひどいと思う。
ユーゴスラビアの崩壊でも、おかしいでしょ、ちょっと前まで同じ国民だったのに、
民族が違うからって集団殺戮するような民族の集りなんだよ、ヨーロッパは。
そういう民族間の殺戮の繰り返しなんだ。だから、ヘイトに神経質なのだと思う。
米国はいうにおよばない。なんと言おうと、差別がいまだに残っている米国がヘイト禁止だって言ったら、
まず国内なんとかしてこいってことだ、お笑い草だよ。

だから、やっていいって言ってるんじゃない。新たな過激なヘイトを生み出さないか不安なんだ。
ヘイトな人たちがヘイトを叫べば、ヘイトな人たちがいることがわかるので、意見を交換できるが、
頭から否定されると頑なになるのが人の心理。それが積もり積もっていかなければよいのだが。

後は、ヘイトが勢力を拡大するのは、社会不安があるから。
だから社会不安をなくすことが一番よい。それがなくせないので禁止になる。
人っていうのは、余裕があれば優しくなれるのだ。