朝日新聞が謝罪した。一面謝罪記事だ。各局ニュースでも取り上げられている。
私は、やはりこの仰々しさに違和感を覚える。誤ったところでまた同じことはおきるし、大なり小なり勝手なことを言うのが、タレントのせいにしたりするが、メディアである。朝日新聞はそう言う新聞なのである。他のメディアは朝日新聞をたたくことで、自分の禊ぎをしているように見えてならない。朝日新聞が謝罪をこのように大きく実施したのは、旧メディアの没落を感じさせる。また、一部の信望者がいたことを感じさせる。今回、失うことになったかも知れないが。
私としては、謝ったらすむという考えにならないこと、誤報を恐れないことをお願いしたい。いけないことだが、まじめな社説では反響が無いが、誤報によって議論が活性化することがある。怪我の功名だが、結果としてある。謝ったことで、私の朝日新聞評価は下がった。つまらなくなってしまう。

ところで、吉田調書については、思いの外早く公開された。これはある意味、朝日新聞には誤算だったろう。あいまいな時間が長くなかったので、ほとぼりがさめなかった。私は今も吉田氏がヒーローとは思っていない。ただ普通だった。周囲が、官邸も、東電本店も、ユニット長らも、役に立たなかっただけで、何もかも押しつけられたに過ぎない。いくつかの判断ミスがあったが、幸運だった、許容範囲だった。最大のミスは、安全対策における事故想定の過少な見積もりだろう。
慰安婦については、強制の存在を信じるのは良いが、嘘にだまされてはいけない。一方で全くなかったとする他のメディアも信用できないが。私は、当時、貧しかった人たちは人身売買的に子供を奉公に出すことがあっただろうと思う。その先に大口売春を加えることになっただろうと思ったりする。話がそれた。

言いたいことは、朝日新聞に限らず誤報はある前提でメディアを見る必要があるということだ。誤らないでもいいので、真実が判明したらすみやかに報道してほしい。それもできてなかったかな。
誤報で被害をこうむった人には申し訳ないが。