新聞でもテレビでもおすたか山の光景が報道される日航機が落ちてから二十数回目の日である。
すっかり忘れてしまったが、520名もジャンボには乗れるのだ、大したものだ。生存者が数名いたことも話題になった。後部座席が安全という話も出た。
原因がなんだったかは忘れてしまった。各種陰謀説も当時あったが、忘れ去られた。事故の記憶を忘れないようにというものの肝心な内容はわすれてしまった。事故を起こさないよう最前を尽くすだけである。
中には毎年事故にかかわるいやなことを思い出す方もいるかも知れない。今、日航ではどのように教訓が受け継がれているのだろうか?
今度、政府専用機の整備は全日空に移るそうだ。今や国際便も全日空がフラグシップとなった。日航は、民営化後の改革が遅れたのは確かだろう。拡大する全日空にいつしかサービスでも遅れてしまった。安全面も大きな事故、逆噴射のカタギリ機長も日航だった。
マイルの提携も遅かったように思う。修交路線は多いがハブ空港がない日本ではアライアンスの主導権は握れない。徐々に、シェアを奪われて今に至。稲盛氏のお陰で若干持ちなおしたか。プライドだけの日航幹部との関係は悪かっただろうが、いずれわかるだろう。
おすたか山の日から話がそれたが、人が空を飛ぶかぎり事故がなくなることはないだろうが、関係者は安全を第一に考えてほしいものだ。そうすれば、マレーシア航空の2機は無事だったのではないかと思う。一機は、ウクライナで撃墜された、あと一機はインド洋で行方不明。他にも事故はいくつかあるが、すべては人の仕業なので。