靖国参拝について、議論の危うさを感じるのは、外国からの意見に引きずられていないかと言うことだ。

靖国参拝は、日本としてどう考えるかを明確にしなければならない問題である。一連の報道を見ると、
海外がこう言っているとかばかりで、そもそも靖国のあり方について議論は盛り上がっていない。
世論調査もいいのだが、反対を言う人のどれだけが意味を知っているか、ただ、海外が反対するからやめればいいじゃん
という意見が大半ではないだろうか。それほどに、靖国とは遺族を除いて軽い問題である。
日本人は宗教を持たず墓参りをし、初詣をする大半にとっては、海外が騒がない限りなんの問題もなく好きにしとけば的
事象なのである。この辺りは、メディアはある意味論じ尽くしていて、今更ではあると思うが、
世代が変わっていっているのだから、問題提起は必要だろう。

私は、正直、安倍が参拝しようがしまいが、支持もしていないのでどっちでもいい。
初詣的なものは勝手にやってもらってどうでもいいが、税金をつかうのはどうかとおもう。
それは、伊勢神宮参拝も同じで、一宗教に公費を使用するのは問題と思うぐらいである。
とは言っても、建築物を建てる場合の玉串料もある。これらを拒否するのも大人げないので、
この部分は特に議論としない。

私が考える靖国の問題についてあげる。
①単立とはいえ宗教法人であること。
②A級戦犯が合祀されていること。
③強制的に祀られている方がいること。
④成り立ちがよろしくない。
という点をあげる。もっとあった気もするが、今すぐに思い出せないので割愛する。

①の点は、実に単純で、宗教に偏ってはいけないという憲法だからである。
イギリスは戴冠式をキリスト教の司祭が行ったりするので、そもそも宗教との独立などはない。
その点、天皇は象徴であってそこに宗教は介在せず、ましてや、国民の代表が一宗教に偏ることはよろしくない。
靖国神社が社団法人とかだったら、この問題はないと個人的には思っています。
とばして④の点は、この神社が明治維新以降に明治天皇により都合よく作られたということである。
ただし、今ではその点は薄れていると思われる。若干ではあるが、幅広く祀るようになっているし、
天皇との直接的な関係はない。神道であることも素性の悪さで①とつながる。
今の日本には神道であることに意味はない。
③は、当時の慣習により死して靖国で会おうみたいな、軍人の合言葉のようにもなっていたり、
通常祀られるということであった。宗教がら異なる人は分祀を言うが、個人的にはどうでもいいかなと。
キリスト教には世界の歴史から見て主張する権利はないと思っているし、
何があるっていうのというのが私の意見である。神はいると思うところにいるし、天国はそこにはないので、
祀るな的な訴えは個人的にはどうでもよい。
②である。各国の主張も②である。日本国民として考える大きな点も②である。
では、A級戦犯とは何か?そもそも、戦争は犯罪だったのか?
実は、第二次世界大戦前は戦争は犯罪ではない。戦争をすること自体は犯罪ではない。
他国の非難は受けるが、戦争自体は犯罪ではなかった。日本は宣戦布告前の真珠湾攻撃という過ちを犯したが、
これは犯罪ではない。
ではなぜ、こうなったか。戦争を終わらせたときに、極東軍事裁判で誰かを裁かなければ恰好がつかなかったからである。
通常は、巨額の賠償金を請求されるのだが、ドイツがその債務によって第二次世界大戦を起こした遠因になったとのことから、
賠償金は見送られた。また、体制の護持のため、天皇そのものを罰することも見送られた。
となると、罰を受けるものがいない状態となる。これでは、アメリカの世論は納得しない。
何のために遠くまで戦争に行ったのか、膨大な予算をつぎ込んだのか、説明できない。
悪い奴を懲らしめたよって報告が必要だった。そして、日本を人間だと思っていないアメリカは日本を占領した。

アメリカが戦後の日本にやったことに対する賠償問題、基地の周りで起きた犯罪の賠償、
終戦直前のロシア(当時はソ連)の日ソ不可侵条約の破棄しての参戦と強制的なシベリア抑留、彼らはどさくさにまぎれてやりたい放題やった。
自業自得というかもしれないが、それとこれとは別の問題で、これらには始末をつけてほしいものだ。
特にロシアには強く謝罪を求めたい。

話がそれた。A級戦犯は、日本を戦争に導いた(国民を欺き)責任者という位置づけである。
これは、極東軍事裁判の判決によるものであるが、そもそも、彼らに裁判を開く根拠は実はない。戦勝国による勝手な裁判である。
で、安倍氏もそうだが、多くのタカ派と呼ばれる方々の多くは、憲法も他国の押し付けと言っているが、
そもそもはこの極東軍事裁判の判決が間違っていると考えている。
そこが大元の問題なのだと私は思っている。
そのため、A級戦犯と諸外国に言われようが、彼らはA級戦犯事態が押し付けられたもので、
本当は彼らに罪はないという認識なのである。
アメリカは裁判を進めた(実際にはオーストラリアの判事が裁判長だったと思うが)責任があるので、
このA級戦犯を否定されることは絶対的に認められないだろう。
そのため、失望したというかなり強い言葉となったように思う。
ちなみに失望したは、かなり強い表現で、日本語では想像できないが愛想が尽きたぐらいのものらしい。
アメリカに言わせれば、A級戦犯という範囲に限定して日本の全体を守ってやり、
今の繁栄を導いてやったのにどういうことかと思うだろう。
また、ぎりぎり日本に肩入れしていたが、もう中国優先になるみたいなこともあるのかな。
日本国民は日本を戦争に導いたA級戦犯を憎んでいて当然なのだと思っているのかもしれない。
もっとも、アメリカが日本を今の形態で残したのはソ連への対抗という戦略のためであるが。
後はクリスマスを国で過ごしたい多くのアメリカ兵のためという人もいる。
そもそもの問題がそこにあるので、安倍氏は参拝して何で悪いの?というし、
外務省も諸外国の顔色を見て言っているだけだし、噛み合わない。

我々は決めなければならない。A級戦犯は犯罪者であるとし靖国から名前を消すか、
A級戦犯は犯罪者ではないと主張し極東軍事裁判の無効を訴えるか。
いい加減にしてあいまいなまま進むのが日本人のいいところであるが、ここらが限界だと思う。
極東軍事裁判を無効という主張をアメリカは許さないだろうから、結果として、分けざるを得ない。
本当に正しいことと、生きるためにしなければならないことは違う。
それを考えたうえで、安倍氏は自分が正しいと思う方を取った。
それでいいのかどうか、日本のアイデンティティを踏まえて判断するときである。

ということで、わかる人はわかる、わからない人はわからない。異論のある人は異論がある文であると思いつつ終了。

最後に、私の意見。
国際的には総スカンを食うかも知れないが、
極東軍事裁判の無効を主張(A級戦犯の再審請求になるのかな)しつつ、靖国参拝はしない。

今回は韓国デフォルト問題とかとの関係の有無ではなく、参拝についてのみの記載でした。