どうやら、朝霞公務員宿舎の建設中止が決まりそうである。
これを聞いたときにまず思うのは、ドジョウでいいのかということである。あのおっさんは、仕分けで見直しを指示されたものを財務大臣の時に認可したのだ。そしてまた中止となる。こんな判断をする人間が総理でいいのか。誰がなっても同じと言われる所以か。素人の防衛大臣といい、どうせ、国家のことなんか考えてないだろうに。ふと、思ったが、今の世の中は志が高いだけで誰も支援してくれず、口がうまいかお金があるか名が通っているかで決まるのだろう。誰も人のことなど気にしないか、ボランティアと言って自己満足を得るかのどちらかだし、せちがらくて気にするのは仲間内のことばかりで、妙に仲間には気を使うがその他の人には気を遣わないよのなかだなぁ。政治家くらい志で選びたいものだ。

ところで、公務員宿舎で思うことがもうひとつ。
きっと、これまでの公務員は、いい思いをしていたのだろう。だから、急にやめると今の人は割りを食う。だからやめられない。結局、団塊の世代以前にすごいいい思いをした奴らがいて、出張費やら手当てやらもらい放題もらい、オリンパスのように頭もないくせに役員になり責任をとらず、年金をもらっている。そのような方々のために、原発事故の後始末や、バブルの後始末を今とこれからの世代に押し付けられる。原発を推進したり認可した過去の役人や議員が何か責任をとったのか?「私は反対だった」とかいって講演でもしているのではないか?一体こんな世の中で誰が何に責任を持つのか?若い世代は、そういう人間ばかりが要職に就いている状態で何に希望を持てるのか?
アメリカですら格差のでもが起こっている。この世の中はもつものともたないものの差が広がっている。この成功したものが勝つという資本主義の根幹を揺るがすデモが世界で行われている。それは、成功の条件にもともと持っていることが大きな要素となり、何も持たない状態から成功することが著しく難しくなり、しかも持った者達のレベルが著しく下がった結果だろう。所詮は私も含め負け犬の遠吠えか。