どうも、別格です。
バツイチ子ナシ
アルツハイマーな両親の介護ビギナー
求職中のアラフィフ薬剤師です
投稿ネタ「#ウソをついた・つかれた」を見かけて、最近読んだ本の一節を思い出しました。
『きたきた捕物帖 子宝船』/宮部みゆき
嘘ってのはな、たいがいの場合
「こうなったらいいなあ」という願いが言葉になったものなんだ。
だから、嘘をつく者を蔑んじゃいけねぇ。
明日は我が身だ。
嘘をつかれたらかなしい。
その人を信じていた自分を信じられなくなるから不安にもなる。
その気持ちをなかったことにしてまで、嘘をついた人をわかってあげる必要はないけれど、その嘘で自分で自分を傷つけてしまうくらいなら「嘘」というコトバを拡大解釈してしまうのもひとつの手ですよね。
「嘘をつかれた」ということにとらわれすぎると大事なことを見失ってしまう怖さもあります。
こうなったらいいなあという願いが、身勝手なものなのか、苦し紛れのものなのか。
それを判じることで、その後その人とどう付き合っていくか、赦すのか、手放すのか、決めやすくもなるかな〜と。
宮部みゆきさんの時代物はやさしくていいね。
嘘をつく者を叱ったりすることと蔑むことをしっかり区別しているところもいい。
「明日は我が身」の心持ちは忘れがちだけど失くしたくないものです。
ではまた。