ブログタイトルのとおり

社会には適合しているので毎日ふつうに仕事をしている。

 

ただひとりで作業をすることが多いからか

気分転換がヘタで

カラダを使う仕事でもないのに

夕方になるとくったくたで動くのも

おっくうになることもしばしば。

 

単純に頭が疲れているだけなんだけど。

 

で、ふと疑問に思った。

 

たいして頭を使うような作業もしていないのに

めちゃくちゃ疲れる時がある。

 

なにか集中して作業をしなければならない時よりも

どちらかと言えば

楽?というか、黙々と作業していない時のほうが

疲れるのだ。

 

これはなんだ?と自分の行動を振り返ってみると

 

どうやら

プランを考えたり、人にメールを送ったりするときに

ひどく疲れるようなのだ。

 

メールを送ったりするのは・・・まぁ自分でも納得。

あんまり好きじゃないから。

 

でもプランを考えたりすることは好きなことのひとつ。

なのに疲れる。

どうしてだろう?

 

さらに自分の行動を振り返ってみると

この疲れの原因をみつけた。

 

プランを考えている時、人への対応を考えているとき、

わたしは脳内で知らず知らずのうちに会議を繰り広げていた。

 

じぶん会議だ。

 

この会議はとても重要な会議で

「わたしが行う選択やアクションが周囲に与える影響を事前評価する」会議だ。

 

何名かの架空のわたしが、より良い選択を行うために

一生懸命意見を出し合っている。

 

意見を言うときって、別の視点を持つことが必要だし

評価するときは、否定的な視点を持つこともある。

 

現実の会議では、わたしはいかに

「相手を否定することなく自分の意見を伝えることができるか」と

気をつけている方・・・だと思う(意見できない場合も多いが)

 

だけど、じぶん会議では

結構強烈に否定意見を言いまくっているらしい。

 

単純なとこで言えばランチ。

「今日はお昼にカレー食べたい」

「ありえん。そもそも作ってないじゃん」

「食べに行けば良いかと」

「金かかる」

「コンビニでご飯とレトルトを・・・」

「コンビニ行くの面倒だし、それひもじくね?」

「え・・・じゃぁどうすれば・・・」

「食わなきゃいいんじゃね?」

 

 

たとえが極端だけど、似たようなやり取りを

さまざまな場面で繰り広げている。

 

この会議をやらないのが

楽に生きる秘訣なのかもしれないとさえ思うけど

この会議は社会で適応するためには結構必要な会議にも思う。

欲求ダダ漏れする勇気なんてない。

 

ちょっと、じぶん会議の際の

意見の出し方を柔らかくする方法はないものかな?

 

意見を言う前に

「ナイスアイデアだよ」とか

「さすがじぶん、良い意見をいうね」と言ってから

 

「だけど、こういう選択肢もあるんじゃないかな?」

というとか・・・

 

脳内で電気信号レベルのやり取りしてんだから

ここまで会話できるわけないけど・・・

 

でもちょっと意識してみようかと思う。