いま自然農業というものを勉強しながら実践しています。自宅の小さな庭の一角を使って野菜を育てています。冒頭画像は、その栽培実践中の「ほうれん草」です。葉先が虫か何かにかじられまくっています。なかなか上手くいかないことも多いのですが、少しずつ学びながら楽しみながら進めています。

自然農業と言っても、色々な考えや定義のようなものの違いがあるようです。私が学んでいる具体的な手法についてはまたの機会に譲りますが、大まかなところをご紹介します。

まず基本的に何もやらず放ったらかしに近い状態です。といっても準備作業があり、手をかけなければいけないと思われるところもあります。簡潔に整理すると、

1.土を作る

2.種を蒔く

3.小さな葉が出てきたら土寄せをして雑草も少し取ります

4.農薬、肥料類は一切使いません。

5.たまに水をあげる

これだけです。

虫や雑草類も地球の共存者であると思いますので、どのように対応していけばいいのか思案中です。

なぜ自然農業をやっているのかというと、やはり縄文人のように自然の循環の中に生きることを思い出すためです。やがてそのような時代が必ずやってくる、そう思うからです。

現在の食べ物事情、どのようになっているか考えたことはありますか。

カネさえあれば、なんでんかんでん食べ放題。それこそ際限なく食べ続けられます。

国民には自粛を強制しておきながら、自分たちは毎晩こっそりと料亭やレストランで会食を続ける、本当は外国人である国会議員や都道府県知事たち。(一部日本人もいます)彼らの祖先は、とにかく喰うことに異常なまでの執着を持っているので、そのDNAが受け継がれています。食の欲望極まれりといったところです。

日本人の皆さんにお伝えします。私は食べることが悪いと言っているわけではありません。「食」は命を繋ぐ大切な行為です。食のあり方を考え直す時期ではないかと提案しているつもりです。美味しいものを食べたってかまわない。過剰になるのはどうかということです。「日本人」なんて強調すると在日の外国人たちが差別と言って騒ぐことが多いようですが、彼らは自身の出自がバレることを恐れているからです。差別と区別の違いが分からないからです。これからの世の中、新しい文明に向けてまず必要なのが区別です。同じように見えてもみかんとオレンジは違う種類です。新しい文明への大転換の指導的立場を担うのは日本人です。そのために日本人一人一人が本当のことに気付いて意識を目覚めさせなければ真の世界平和や文明の発展は望めません。日本人以外の外国人や混血人では、世界に影響を及ぼすほどの力は無いようなのです。だからこそ、まず日本人と私は言っているのです。そして、本来の日本人思想を理解し共感し実践できる外国人や混血人がその後に続いてくのです。それは区別であり順序であるということだけです。

食に話を戻します。お店の売れ残りや賞味期限切れや食べ残しなど、本来は食べられるのに捨てられる食品のことを「食品ロス」というそうです。つまり廃棄です。

日本の食品ロスの年間廃棄量は600万tだそうです。ロス以外のものも合わせると2500万tだそうです。あまりにも数字が大きすぎてよくわかりません。ですがとてつもなく多くの食べ物が捨てられているということはわかります。

その一方で餓死する人がいる。おかしいと思いませんか。これこそが貨幣制度を使った支配体制の仕組みによるものです。

何年かかるのか、いきなり来るのかはわかりませんが、いずれこの支配体制は終わりを告げます。それが地球の、宇宙エネルギーの意思なのだそうです。

コロナ禍で多くの飲食店が窮地に追い込まれています。当事者の皆さんの気持ちを思うと軽々しくは言えないのですが、もしかしたら食べ物について今一度、考え直すようにというサインであるのかもしれないとも思っています。

縄文人は自然の中で恵をいただいて生きていました。植樹したり畑らしきものを作ったりなどの多少は手を加えていたようですが、その根本にあるのは自分も自然の一部であるのだから自然を壊すようなことはせず、自然の中で生き、自然から衣食住をいただいていたということです。縄文時代初期の「ムラ(村)」を線描画にしてみました。

ムラの中心には巨木があります。その周りに木製の円形サークルがあります。これは宇宙エネルギー(神)との交信用です。祭事の中心地でもあります。

さらにその外側に円を描くように家が配置され、家の外側に「ハラ(原)」という恵の森が深く広がっています。栗の木やドングリの木や様々な食用の植物を採集していました。

動物性タンパクは魚です。哺乳類などの動物の肉を食べるようになったのは縄文後期です。それでも全体からすると低い比率であったそうです。

この中心点のある「円」の生活をすると精神が安定して、争いが起こらないそうです。

実際に争いの痕跡はなく、円形を崩した縄文後期に、わずかに争いの跡があるようです。

縄文後期になっても争いはごく一部で、ほとんどなかったといっても過言ではありません。

そして稲作民(弥生人=渡来人=日本人)が日本列島に入り、大規模な稲作を展開して縄文文化が消えていくことになります。

現在は作る人と食べるだけの人とに完全に分かれてしまっています。これからは多少なりとも作る側にも意識を向けていかないといけない時代になるのではないかと思っています。

仕事のありようも大いに変わってくることと思います。

大波小波があるかもしれませんが、日本人なら必ず乗り越えられます。明るさとユーモアと笑いがあるからです。越えた先には、皆で作った食べ物を皆で分け合う時代が必ずやってくるだろうと思っています。了