山中貞雄さん
職業、映画監督。監督作品数々あれど、残っているのは3作品のみ。
世界のクロサワ、小津安二郎と同時代の人。映画通の間では超有名人だが、一般人で知る人はほとんどいない。
残っている3作品も全て終戦(1945年)以前の撮影。
画質は思ったよりきれい。音楽もきれい。だがセリフが聞き取れない。音質も今の人からしたらかなりヒドイもの。でも内容はびっくり仰天もの。
何がいいかと言うと、まず脚本がいい。面白いし上手い。
次にリズムがいい。これにびっくり。映画も演技も演劇も全てリズムで出来上がる。
音楽に非常に近いのである。
名監督は皆、自分のリズムを持っている。
山中さんのリズムは、展開が小気味良い。ばんばん話を転がしている。だから飽きないのである。だから全然古臭く感じないのである。今風でさえある。だから画面が生き生きとして活気がある。
そして劇中の音楽が心地よい。
さらに良いのは画面の構図である。アップは少なめで、ロングショットが多い。
ロングの時の画面の奥行きが非常にきれいである。現在の映画やテレビは横長画面なので左右を思いっきり使うことができるのだが、昔の画面は正方形。横が窮屈なのである。そのため、山中さんは縦に、つまり画面の奥行きを遠くに持って行き、時には解放感を、時にはぎゅうぎゅう詰め感を表現していたのである。
生前の黒澤明監督は、山中貞雄さんのことをほとんど語っていないが、きっと熱心に山中
映画を観て勉強していたと思う。年齢はほぼ同じだが、映画人としては山中さんの方が先輩である。その後の黒澤映画を、山中映画のあちこちに感じるからである。
黒澤映画の有名な「生きる」の通夜のシーン。縦の構図が素晴らしいと評論家たちは絶賛している。中心点が一番奥の遺影で、手前に来るほど配置が大きくなっている。私もきれいだと思う。浮世絵の手法。遠近法ともいう。
ところがである。山中さんは映画「生きる」の15年前に、もうすでに素晴らしい縦の構図を使って表現しているのである。
「人情紙風船」という作品で、長屋での通夜のシーン。お通夜といってもまるで大宴会のノリで歌って踊ってどんちゃん騒ぎをしている。大家さんが注意しに入口から入ったところ。奥の中心点が大家さんの顔。手前に来るほど造形が大きくなる。これだ。
ついでに開放感のある縦の構図もご紹介します。
そして山中映画の最高に良いところが登場人物たちです。皆、生き生きしている。
役者が上手いということもありますが、皆、そこに生きているように思えてきます。
江戸っ子(江戸に生きていた人という意味)を見るなら山中映画がいいです。
特に「人情紙風船」の中村翫右衛門がいい。ものすごい色気がある。
色気。つまりフェロモン(無臭だが異性を惹きつける物質)みたいなもの。それが匂い立っているのである。
山中映画3本を紹介します。
「丹下左膳 余話 百万両の壺」
こちらはコメディです。喜劇。笑っちゃう。笑うといっても現在のお笑いのような下品な笑いではなく、落語のようなクスっとしたり、プっと吹いたりする上品な笑い。
日本人本来の笑いです。現在のお笑い界は外国人による外国製の下品な笑いです。
「河内山宗俊」
ヤクザのような大人の男二人が、可哀そうな町娘のために命を懸けて助ける話です。
これぞ日本男児の男の生き方である。痛快であり爽快である。
「人情紙風船」
この作品は悲劇なので暗いです。ですが、映画表現としての完成度は高いです。
山中作品の良いところが全て入っている感じです。
人情紙風船は安価DVDでも観れますが、残りの2本は日本語字幕付きDVDにしないとせりふが聞き取れず、面白さが半減してしまいます。了