




誠に失礼ながら、荻窪という地名からは、フランス料理のイメージが全くわいてきません。
大学生の下宿と居酒屋の喧騒。思いつくのはそんなところでしょうか。
レストラン紹介サイトで、繰り返し、美味そうな料理が紹介されていたこの店。
場所が場所なのでなかなか機会がありませんでしたが、ようやく時間をみつけて訪問してみました。
駅からお店までの道のりは、鉄道ファンでないかぎり、心弾むものはありません。
店構えも、カフェのような雰囲気。店内はこざっぱりとして清潔ですが、それ以上でもそれ以下でもありません。
しかし、料理が始まると、印象は一変。
皿が来るごとに、期待が高まっていきました。

ちなみにメニューはこんな感じで、客に示されます。
主たる素材を漢字で表記し、コップに貼っています。
ただ、「貯古齢糖」(チョコレート)に至っては、昔のツッパリの落書き「夜露死苦」(よろしく)などを思い出さずにはいられませんでした。

アミューズは、ブラックオリーブのマドレーヌと、国産生ハムとコンテのカナッペ。
マドレーヌは温かく、食べると後を引くオリーブの香りが鼻孔にたちこめます。
国産生ハムは生々しく、風味の凝縮感はありません。塩気が強く、食欲は刺戟されますが。

前菜一皿目は、桜えびのオムレツ。中にはういきょうのピュレ。上には、桜えびを香ばしく揚げたものに、オマールのビスクソース。加えて皿の下部には、ポルト酒のソースが潜んでいるという、多重構造の料理です。
ビスクのソースまでは、よくあるパターンでしょう。
しかし、これにポルト酒の甘酸っぱい味が加わることで、料理はぎゅっと引き締まります。
幅広く味覚に訴えるシェフの構成力は、なかなかのものとお見受けしました。

続く前菜は、フランス産アスパラガスのムニエル。下には、ミルポワ状の青りんごをはちみつリキュールで煮たガルニ。泡々はチョリソのソースで、みじん切りもパラパラとかけています。この塩気とスモーキーさが重要なアクセント。さらに、シードル酢のソースが少量加えられています。
塩、辛、甘、酸。口の中で様々な要素が感知され、ひとつの味わいへと収斂していく、その過程が楽しい料理です。
アスパラの質、火通しも秀逸。

お次は魚。金目鯛を52度低温調理でミキュイに仕上げたもの。旬のプチポワには、生ハムのソース。さらにプチポワのピュレもソース役に。ちらしたミントの香りが抑制的で、邪魔せず、しかし魚の風味を引き立てています。
「カンテサンス」の半額以下でこのレベルが食べられるというのは、ありがたいことです。

続いては豪華な丸の魚、といっても普通なら猫マタギのの小目板かれい。5枚におろして、身はふっくら火通しし、上にケッパーとコルニションのダブル酸っぱいものソース。赤いのは、自然の甘みが心地よいビーツのソース。
淡路産とはいえ、小さなかれいが、なんでこんなにうまいのか、と不思議になるほど。
これも塩、酸、甘などの味が上手に統合されています。
カリカリに揚がった骨を食べると、じゃっかん居酒屋気分になってしまったのはご愛嬌か。

魚料理の最後は、長崎・五島産のクエ。甘く熟したトマトのソースとエキゾチックなエピスのソースです。
むっちりとしたクエ。ソムリエ氏は「ブラインドだと肉と間違う」と言いましたが、そこまでではない部位だったような。
私は福江島まででかけて20kgクラスのクエを食したことがありますが、それはまさしく肉と間違う脂と身質でした。それと比べるのはかわいそうな話で、この料金なら申し分ない質と褒めるべきでしょう。
ソースはやっぱり凝っていて、白いキャンバスのごとき魚に、シェフならではの筆を走らせたような、独特の味加減。香辛料の使い方も、やりすぎたところがありませんでした。

メインは、シャラン産の鴨。これに、ふきのとうのソースとギネスビールのソースという、ダブル苦いソースを合わせています。
鴨と言えば、誰もかれもが甘いソース、果物のソースを無難に合わせますが、春らしい苦みのソースは、ややもすれば飽きられやすい鴨肉に、新しい味の組み合わせを提示しているように感じました。「ありそうでない」のはギネスビールのソースも同様。
家鴨飽きしている私ですが、この料理は評価します。

チーズはスズメの涙ほど。ブリア・サバランにあれこれ甘みを加えたもの。ほとんどデザートでボルドーの赤には全然合いません。

デザート1は、いちごのソース いちごのアイスに、ブランマンジェをつめたシガールみたいなもの。

その2は、チョコレートのムース、上にパリッとしたパイ生地、さらにレモンのソルベのせ。
以上、店員氏の説明を聞いただけのうろ覚えですが、できるかぎり記してみました。
料理に関しては、非常に興味深く、最後まで飽きたりダレたりすることがありませんでした。
この値段で、ここまで食べさせてくれたら文句は言えません。
ただ、ワインリストは難ありです。
この時代に、フランスワインだけというのは、「ガラパゴス・リスト」の誹りを免れないでしょう。フランス料理にはフランスワインだけ、というのはソムリエのマスターベーションであって、客の利益からは外れています。
おまけに、ブルゴーニュは白赤ともに貧弱で、他もボルドー赤以外はポツポツしかありません。
料理に対して、あまりに没個性かつ軽量なリストです。
困りに困って、仕方がなくシャンパーニュをボトルで頼み、赤はめったにないことですが、ボルドーを注文。この赤はとても退屈なワインでした。
言ってはなんですが、小箱の店で、ワインセラーも200本入りガラス扉の電気カーブくらいしかない様子。
ならば、3~4千円とって、客にワインの持ち込みを認めた方が、はるかに合理的です。
スペースコストと地震リスクの高い日本では、新規の店が立派なリストを持つのは、事実上不可能かつ無謀な努力でしょう。
客にゆだねるべきところは、そうした方が得策かと思われます。