




天現寺橋交差点から恵比寿方向へしばらく行ったところにお店はあります。
が、カフェのような何とも言えない外観ゆえ、気付かずに通り過ぎる人もいるでしょう(わたしがそう)。
店内、ジャズが流れるモダンな雰囲気。
グランドハイアット「チャイナルーム」の腕利きが独立した店としては、良くも悪くも軽い印象を受けます。
しかし、出てくる料理は本格的かつ多彩です。
今回は、1週間以上前に予約を入れて、その際に「いつものコース以外のものを」とオーダー。
シェフがあれこれ考えてくれた料理を賞味しました。

前菜は5品。

旬の「酔っぱらい蟹」。
これが目ん玉ひんむくくらいうまい。酒臭くなく、生臭くない。
まろやかな紹興酒の風味が、甘くとろける蟹ミソと見事にマッチ。
これだけでも、シーズンに何度か食べたくなります。

前菜ではもう1品、「杭州名菜 蓮根のもち米詰め 自家製金木犀の蜜煮」が秀逸。
お店の皆さんで摘んだ金木犀のさわやかな香りが漂う甘い蜜。
これで蓮根が柔らかく煮込まれ、もち米にも蜜が沁み込んでいます。
甘いです。でもうっとりするほど品が良い。
何気ない蓮根という食材をよくぞここまでおいしくしてくれたものです。
他、ナマコと花咲きクラゲの熟成黒酢和えも、良い出来栄え。

続いての料理は、アヒルの舌の強火炒め。
フランスでもインドシナ系中華で、アヒルの舌を良く食べました。
普通は八角たっぷりで煮込んだものですが、この炒め物は辛味と香味が複雑で面白い。

このビジュアルにたえられない人には無理でしょうか。

こちらは「活真ツブ貝とマコモ茸の福建紅麹炒め」。
老酒や沖縄の豆腐ように使う紅麹は、色がきれいで不思議な香りですね。
新鮮なツブからくる磯の香りをなだめにかかる効果が感じられました。
持ち込んだロゼ・シャンパーニュ、ヴェット・エ・ソルベのセニエ・ドゥ・ソルベは、ピノノワールの軽い渋みと苦みが料理と好相性。


これも面白い魚料理。鬼オコゼの揚げ物、シンガポールニュニャソース仕立て。
写真では分かりにくいですが、マレー系のスパイシーなニョニャソースに加えて、タイ風のレモングラスがきいたソースもかかっています。
これを秋の実りの象徴・ブドウに見立てた飾り包丁が入ったオコゼに絡めて食べます。
中国本土だけでなく、華僑の料理にまでウイングを広げる研鑽ぶりには頭が下がるばかり。
この店では、ハタ類の清蒸がウリですが、たまにこうした変化球も悪くありません。

こちらも芸が細かい料理。「豚バラ肉と茶樹茸のミニ宝塔仕立て 蝦子風味の豚アキレス腱添え」。
豚角煮の宝塔は、この店の事前予約のスペシャリテ。ただ、4~5人分もある料理なので、2人では頼めません。そこを頑張って作ってくれたのが、この「ミニ宝塔」。

煮込んだ豚バラの薄切りを巻き上げて、宝塔にしています。その中に、豚の煮汁で煮込んだ福建省産(たぶん)の茶樹茸が詰められています。上から、豚の煮汁をたっぷりかけて、下のマッシュポテトと一緒に食べると、恍惚のうまさ。

添えてある豚アキレス腱は、揚げたり煮たりを繰り返し、トロトロに仕上げています。えび子が放つ甲殻類の凝縮した香りもうまいアクセント。
この料理、豚好きを自認する方なら、ぜひ試すべきでしょう。

中国の料理用紙で包んだ土鍋。

中は、「スッポンの薬膳風汽鍋スープ」です。
夕方に締めた新鮮なスッポンがたっぷり。
水かきのところなんかはトロットロのゼラチン質で、コラーゲン好きにはたまりません。
処理が上手なので泥臭さは全くなし。曇りがないけど深みがある澄んだスープは、これからの季節、様々な薬効を発揮するでしょう。良薬、口にうまし、です。
一緒に煮た乾燥山芋も非常に面白い食感。

本日のメインイベント。
「香港産丸鳩の八宝詰めおこわ」。
食欲みなぎるビジュアルです。

フランス時代は自宅でも鳩を焼いていました。エジプトを始め、各地の鳩料理も賞味してきました。が、これは初体験のおいしさ。
蓮の葉の香りが立ち込める中、まず鳩肉をがぶり。
つややかで張りのある皮がうまい。手羽先なんかはしびれます。
レバーからくる血の風味が抜群。
鳩のエキスを吸ったおこわが申し分ないおいしさ。
もちろん、頭もしゃぶり尽くしました。脳みその鮮度、良好。
鳩はランド産と思い込んでおりましたが、この香港鳩は滋味あって食えます。
コースの締めの飯物としては、完璧に恐れ入ってしまいました。

秋のデザートプレート。
はやりのトンカ豆の杏仁豆腐仕立て。香ばしい豆の深い味がします。
高級店で食べたら大変な額になるところですが、この店は際立って良心的なお勘定です。
シェフの引き出しの中には、どれくらいのバリエーションがあるのでしょうか。
そのすべてを味わうのは無理として、せめて折々にダイジェストを試してみたいものです。