山形県に行った。
龍笛を吹くためである。
秋に行われる大法要に向けての練習である。
約20年前に坊主の仕事を始めた。
やや遅れて雅楽の稽古にも通うようになった。
儀式の勉強をするためである。
今になっても下手の横好きから抜けだせない。
それなのに、稀に儀式にて演奏役をいただけることがある。
嬉しいかぎりである。
山形駅から迎えに来ていただいた車に乗った。
15分程でお寺に着いた。
標高は250mくらいであろう。
参道からは山形市街が見渡せた。
爽快な眺めである。
夏である。
当然、暑い。
しかし、ときおり吹いてくる風は心地よい。
庫裏にて少し休憩をとる。
お茶をいただきながら皆で雑談をする。
それからまもなくしてお堂に上がった。
笙、篳篥の準備を待つ。
笙は演奏前に楽器を温めなければならない。
リードを乾燥させるためだ。
湿度に敏感なのである。
適切な状態にしておかないと音色に影響がでてしまう。
篳篥のリードも手入れが重要だ。
こちらは演奏前にリードを湿らせる。
お茶につけて整える。
時には小刀で削り厚みを調整している。
龍笛はメンテナンスフリーである。
演奏前に笛に手を加えることは、まずない。
まもなくして支度ができた。
合奏練習がスタートした。
一時間が経過したところで小休止となった。
メンバーは庫裏へ向かった。
お堂には誰もいない。
拙い笛の音は庫裏には大きく届かない。
仏さまには申し訳ない。
(でも、ちょっとだけ)
1人で龍笛を吹くことにした。
気ままに吹いてみた。
遠くにみえる山々の連なりが美しい。
辺りは静である。
鳥や蝉の声、木の葉が揺れる音がするだけである。
(教えに溶け込んだような……)
上手くない演奏でも、そんな瞬間が味わえた。
楽しい。
春はさくらんぼの花が咲いている。
秋は田が黄金色になる。
冬は雪に覆われる。
自然のうつりかわりが感じられる。
仏さまだけではない。
そのような趣深い地も後押ししてくれるはずだと思っていた。
(もっと演奏技術があれば……)
こればかりは、自分で努力するしかない。
「方丈記」の記載です。
『歌を詠んでも琵琶を弾いても、なお感興があふれて尽きない時には、何度も松風の音に合わせて箏の琴で「秋風楽」を弾いた。あるいは、谷川の流れる音に合わせて琵琶の秘曲「流泉」を奏でる。私の腕はつたないが、人に聞かせて喜ばせようとするつもりはない。だれにも遠慮はいらない。独り楽器を奏し、独り歌って、自分で自分の心を風雅の世界に遊ばせるだけだ』
【角川文庫ビギナーズクラシック 方丈記 武田友宏編P119】
ありがとうございました。