地下鉄に乗っていた。
日中だったので、座席には空席が多かった。
3駅先に行くだけだった。
だから、車両の端に立っていた。
車椅子の方が乗車するエリアである。
次の駅では数人が乗ってきた。
ほとんどの人が座った。
一人、若い女性だけは立っていた。
しかも、私のすぐ隣で、である。
(なんで?)
車両内には、その女性と私しか立っていない。
他にいくらでもスペースはある。
(別の所に移動したい)
そう思うが、あからさまに移るのも失礼になるような気がする。
そこで、取り敢えず数歩前に出ることにした。
壁際から車両の中央に進んだのだ。
そして、次の駅で別の車両に移った。
(どうしてもあの場所がよかったのだろうか……)
別の日、郊外にある大型スーパーへ行った。
午前中だからか、お客はまばらだった。。
車を駐車場にとめて買い物に行く。
さて、15分後、車に戻ると、隣に車がとめられていた。
(なんで?)
数百台はとめられる駐車場である。
他がいくらでも空いている。
その場所は出入り口に近いわけでもない。
慎重にドアをあけて運転席に乗り込んだ。
(いつもあの場所にとめている人だったのだろうか……)
さらに別の日、都内のあるお寺へ行った。
舞楽を鑑賞するためである。
演奏は屋外で披露されることになっていた。
出来れば目の前で拝見したい。
だが、そうすると密集地で観ることとなる。
押し合いへし合いになるのは勘弁である。
そこで、舞台より約30メートル下がった場所に予め陣取った。
(ここにしよう)
周囲よりも四、五段高くなっている。
離れてはいるが、よく見通せる。
ところが、まもなく、20人程のご老人達がやってきた。
「雅楽をするみたいよ」
そう言うと、皆、私の隣に腰を据えた。
舞台周辺ですら、まだ人は集まっていない。
(それなのになんで?)
仕方なく舞台を挟んで対面に向かった。
(あの場所は音響がよいところだったのだろうか……)
お釈迦さまの御教えに、以下のお言葉があります。
『好ましいものも、好ましくないものも、ともに捨てて、何ものにも執著せず、こだわらず、諸々の束縛から離脱しているならば、かれは正しく世の中を遍歴するであろう』
【岩波文庫 ブッダのことば 中村元先生訳P76】
ありがとうございました。